第五話


 最近、なんだか春乃さんがぼうっとしていることが増えた。どこか上の空のことが多いし、じっとオレのことを見つめてくることも多い。とにかく、以前とはなんだか違った様子なのだ。


「春乃さん?」
「えっ?」


 今もカフェで会話をしているのに、春乃さんはどこかぼうっといていて、オレが声を掛けるはっと目が覚めたようにオレを見る。その様子にオレはにムッと眉を顰めた。


「大丈夫ですか? 最近、ちょっと様子へんですよ」
「そ、そうかな……?」
「はい」


 動揺する春乃さんにはっきりと頷けば、春乃さんはどこか視線から逃げるように顔を俯かせる。今まで視線を逸らされたことなんて無かったのに、なんだか寂しさが滲んで、同時になにかあったのではと心配が湧いた。


「なにか悩みでもあるんですか?」


 そう聞いてみても、春乃さんは曖昧な反応をするだけで、明確な答えはくれない。無理に聞くのも憚られて、その有耶無耶な反応にオレはもやもやとする。


「あの……千冬くんに聞きたいことがあて……」
「えっ!? オレ……っすか?」


 すると黙り込んでいた春乃さんが突然そんなことを言い出して、まさかオレが原因なのか、と驚いてしまう。それで思わず大きな声を出してしまったが、すぐに声量を抑えて、頷く春乃さんをじっと見つめる。


「あの、千冬くんはどうして私のことが好きになったの……?」


 ほんのりと頬を赤らめて恥ずかしそうに問う春乃さん。その質問にオレも少し恥ずかしくなってしまって、顔が熱くなるのを自覚しながらひとつひとつ答えて行く。


「えっと、一目惚れ……っつーか、その……気づいたら、っていうか……」


 明確に好きになった瞬間、と言われるとそんなものは無くて、ただ見かけているうちに好きになってしまった。つまるところ一目惚れなのだと思う。だから、どうして、と聞かれても困ってしまう。それに、好きになるのに理由は無い物だともオレは思っている。

 すると春乃さんは少し心配そうに指をいじりながら聞いてくる。


「私と話すようになって、幻滅とかしなかったの?」
「そんなのしませんよ!」


 すぐに否定すれば、勢いがありすぎて春乃さんがびくりと肩を揺らしてしまった。それに、あ、と我に返って謝ってから、またひとつひとつ言葉を続けた。


「確かに、イメージしてたより笑った顔が幼かったり、あんまり大人びてなかったりとかはありましたけど、幻滅なんてしません。それを含めて、オレは春乃さんが好きです」


 幻滅なんてありえない。むしろ好きになっていくばかりで、春乃さんの新しい一面を見るのが嬉しい。だから幻滅なんてありえない。そう言うと、春乃さんはまた頬を赤らめて恥ずかしそうに俯いた。その様子が可愛らしくて、また好きだな、を募らせていく。


「あの……春乃さんはオレのこと、どう思ってますか……?」


 この際だから、今のうちに聞いておきたい。そう思って聞けば、春乃さんはさらに頬を赤く染めて、もじもじとしながら顔を俯かせたまま答えてくれた。


「その……凄い気遣ってくれて優しいって思うし、笑った顔が素敵だなって思うし、えっと……かっこいいな、って……思います」


 だんだん小さくなっていく声と身体を小さくしていく春乃さん。それに比例して、オレの顔も熱くなっていく。


「じゃあ、期待して良い……ってこと、っすか?」


 そんなことを言われたら期待してしまう。期待しない方がおかしいだろう。すると春乃さんはかっと真っ赤に顔を染める。頷きも答えもしない、けど顔を赤く染める反応に、オレは益々期待してしまう。


「あの、外……出ませんか?」


 気づいたらそんなことを言っていた。

 こくりと静かに頷いた春乃さんを見て、オレは席を立ちあがる。そうしてなんだかくすぐったい気持ちをお互い感じながら、二人で店を後にした。





 空が赤く染まるなか、黙り込んだまま帰路につく。響くのは二人分の足音だけで、でも自分だけには内側でなる鼓動が聞こえていた。なにを話そう、どう切り出そう、とお互い知らないまま考える。早く切り出さないと、春乃さんの家についてしまう。それだけはどうしても避けたかった。


「あの、えっと……」
「は、はい!」


 無言に耐え切れず最初に声を上げたのは春乃さんの方だった。それにドキリとして思わず上ずった声を上げてしまって少し恥ずかしい。そうして二人見合って視線が交わると、二人してまた視線を逸らして俯いて、また沈黙が広がる。どうにも前に進めなくて焦れったい。

 そんな時、足元から、にゃあん、と可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。


「あ」
「あ、あの白猫」


 春乃さんの足元に寄ってきたのは、よく春乃さんと見かけるあの白猫だった。擦り寄ってくる猫に春乃さんがしゃがみこんで撫でまわす。それを眺めながら、オレも隣にしゃがみ込んで、春乃さんに懐いている猫を眺める。


「ほんと、すげぇ懐いてますね」
「うん。触ってみる?」
「いいんすか?」


 うん、と頷く春乃さんに、それじゃあ、と猫に手を伸ばす。すると最初はじっと見つめてきた猫も次第にオレに近寄って来て、大人しく撫でさせてくれた。それにほっとしながら、やっぱり猫は可愛いな、と思い浸る。

 そんなオレをじっと春乃さんは見つめていたのをオレは気づかなかった。春乃さんはこっそりと猫を撫でまわすオレを見つめて、ほんのりと赤く頬を染める。そうして静かに猫に視線を落としながら、そっと囁くように呟いた。


「――好きです」


 ぽつりと降ってきた言葉に、最初は呆然としてなにを言われたのか分からなかった。でもそっと隣にいる春乃さんを見たら、顔を真っ赤に染めて俯いているのが見えて、その言葉の意味を理解する。


「……え、あ……それは、その……オレのこと……で、すか?」


 自然とオレも身体が熱くなって、燃えるように顔が熱い。ドクドクと心臓が高鳴って、胸が痛かった。

 じっと春乃さんを見つめて反応を窺えば、本当に小さく、こくり、首を縦に振った。その瞬間、堪らない感情が一気に溢れ出した。


「っ、ホントですか!?」


 身体を乗り出して春乃さんを覗き込めば、勢いが余り過ぎて春乃さんもびっくりとする。でもこれだけはちゃんと聞きたい。すると顔を赤く染めたまま目を見開いていた春乃さんが恥ずかしそうにしながらもしっかりと頷いて、口を開く。


「こんな、私でも良ければ……お付き合い、したいです」
「〜っ、しゃあ!!」


 堪らなく感情が溢れ出して思わずガッツポーズを手声を上げてしまう。やった! その感情で一杯になる。そうして視線を下ろすと目を丸くしている春乃さんと目が合って、そこでようやくはっとした。


「あっ! す、すみません……突然」
「う、ううん」


 恥ずかしいところを見られてしまった、と早々に反省する。

 俯いていた顔を上げてちらりと春乃さんを盗み見たら、同じように春乃さんも俺に視線を送っていて目が合った。それにお互い恥ずかしさもあったけど、なんだか面白くて二人して笑った。それが嬉しくて、胸がいっぱいになる。

 すると、にゃあん、とオレたちを見上げた猫が鳴いて、それにまたちらりと視線を合わせて、二人して笑った。






――END






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