第三話
春乃さんとの関係は良好に進み、定期的に放課後にデートをしたり、休日にも何度か出掛けることもあった。関係を改めて気づくと言う事に関しては順調で、自分でも春乃さんの心の壁を破れた気がした。最近は以前よりも気さくに笑ってくれるし、いろんな話をしてくれるようになった。
「千冬! 最近どうなんだよ、例の女子高生とは」
夜に集会に行くと、武道がオレを見つけるなりそう言って駆け寄ってくる。その顔はちょっと揶揄うようで、オレは二ッと笑いながら親指を立てた手を差し出した。
「順調だぜ! でも、意識はされてねぇ……と思う」
「あー……」
最初は、おお! と言ってくれた武道も、俺が肩を落とすと微妙な顔をする。そのまま項垂れるオレの肩をポン、と叩いて、階段に腰を下ろしたオレの隣に座って話を聞く。
「なんか、すげぇ弟みたいにみられてる気がするっつーか、男として見られてない気がするっつーか……」
「実際、お前年下だもんな」
「恋愛に歳なんて関係ねぇだろ!」
そう、恋愛に年齢は関係ない。しかし、春乃さんから弟扱いされているのもまた事実。それを言おうにも可愛がられていること自体は嬉しくて、けれど男として意識はしてほしくて、とぐるぐる考えが巡る。そうしてどうしたものか、と考えていると、あの明るい声がふいに降ってきた。
「あれ、千冬くん?」
「えっ!?」
びっくりして顔を上げると、向こうに春乃さんの姿があった。それに驚いたまま腰を上げ、急いで春乃さんのもとへ駆け寄る。
「え、は!? 春乃さん!?」
「やっぱり、千冬くんだ。奇遇だね」
「はい! ……じゃなくて! なんでこんな遅い時間に出歩いてるんすか!!」
春乃さんの家は門限が早いというのに、なぜこんな時間に出歩いているのだろう。しかも制服で、しかもこんな時間に一人で。そう言って詰め寄ると、春乃さんは口元に笑みを浮かべたまま答える。
「今日はたまたま塾の帰りが遅くて……千冬くんは?」
「オレは、その……これから集会で……」
「集会……?」
そう言って首を傾げた春乃さんが俺の背後に視線を向ける。そこには東卍のメンバーがたくさんいて、それを春乃さんは珍しそうに眺める。そうしてオレに再び視線を移すと、じっとオレの頭から爪先から見つめてくる。それを恥ずかしく思いながらぐっと呑み込んでその視線に耐える。
「それ、特攻服? っていうやつ」
「は、はい」
「へえ」
頷くと春乃さんはますます物珍しそうに特攻服を見てくる。興味津々だけど、春乃さんとは無縁の世界に、少し引かれてしまっただろうかと心配になって、こっそりと伺う。
「え、えっと……引きましたか……?」
すると、春乃さんはきょとんと目を丸くさせる。そうして言葉の意図を察して春乃さんはにこりと微笑んでだ。
「ううん。かっこいいね」
それにドキリとして、にやける口元を隠すように腕で顔を覆いながら目を逸らす。そりゃ好きな人からそんなことを言われたら嬉しいに決まっている。それに会話がられているばかりで、そう言う誉め言葉をあまり貰ったことが無かったのだ。
「それじゃあ、集会? 頑張ってね」
「え、あ、送りますよ!」
そのまま立ち去ろうとする春乃さんの後を急いで追う。こんな時間に一人で、しかも好きな人を帰らせるわけにはいかない。けど危機感の無い春乃さんはにこりと振り返って微笑む。
「大丈夫だよ。それに、千冬くんは年下だし、夜に送ってもらうのは悪いよ」
年下、という言葉にやはり男として見てもらえてないことにズキンと胸が痛む。それをぐっと抑え込んで、オレは語気を強くして言った。
「んなの関係ねぇっす! オレは男で春乃さんは女なんだから絶対夜道に一人ダメっす!」
そう強く言うと、予想外だったのか春乃さんは目を丸くして押し黙った。それを良いことにオレは「相棒!」と背後で見守っていた武道を呼んで集会を一旦抜けると告げる。
「オレ、春乃さんを送っていくから、あと任せたぞ!」
「おう! 行ってこい!」
武道はそう言ってニカッと笑いながら送り出してくれる。それに感謝しながら、まだ目を丸くしている春乃さんに「そんじゃ、行きましょう」と言って半ば強引にこの場所から距離を置いた。
オレと後を付いてくる春乃さんは何処か申し訳なさそうにしてくる。それに少し強く言い過ぎたか、と後悔をしたが、本音なのだから仕方がない。それに、好きな人に弟扱いされるのは嫌だ。
「ごめんね、千冬くん。用事があったのに……」
「いえ。オレは春乃さんと一緒に居れて嬉しいです!」
とぼとぼと歩く春乃さんがそう言って謝ってくる。オレはそれに、そんなことない、と言って笑顔を浮かべた。集会を抜けなければならなくなったが、好きな人と少しでも一緒に居られるのは単純に嬉しい。そう言うと、申し訳なさそうにしていた春乃さんがにこりと笑ってくれた。
春乃さんの家にはあっという間に着いて、好きな人を送り届ける任務はすぐに終わりを告げた。
「送ってくれてありがとう」
春乃さんはそう言って家の中に入ろうとする。それをオレは咄嗟に呼び止める。
「あの!」
大声で呼び止めれば、春乃さんはきょとんとして玄関のドアノブから手を離して振り向いてくれる。そうして「どうしたの?」と問う春乃さんに、オレは改めて言った。
「オレ、春乃さんのことが好です!」
三度目の告白を堂々とする。それを聞いた春乃さんは目を見張って、少し恥ずかしそうにした。それを真っ直ぐ見つめながら、オレは続ける。
「だから、年下扱いとかしないで、ちゃんと男として見てください。オレはアンタが好きな男の一人だって」
すると、春乃さんははっとオレのことを見つめた。
弟扱いされるのも、可愛がられるのも別に嫌なわけではない。嬉しい時だってある。でも好きな人にはちゃんと男として見てもらいたい。オレは春乃さんと仲良くなりたいわけでは無くて、恋人と言う関係になりたいのだから、ちゃんと意識してこの告白の答えを貰いたいのだ。
「すんません、突然……でも、これがオレの気持ちです」
真っ直ぐに告げると、それを見ていた春乃さんはこくりと頷く。
「……うん、わかった。ごめんね」
「いや、オレの方こそ……」
二人の間にぎこちない沈黙が流れる。それを最初に破ったのは、春乃さんの方だった。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい、春乃さん」
微笑んで手を振ってくれる春乃さんに手を振り返して、パタンと扉が閉まるその瞬間まで見送る。そうして閉まった扉を見つめて、オレは夜道をひとり歩き出した。