第一話
気になる人がいた。
学校の登校時間に見かける、年上の女子高生だ。制服からして、通っている中学から近いところにある女子高、いわゆるお嬢様学校の生徒だと分かった。頭も良い学校だから、オレみたいなやつとは大違いの人間だ。
その人を気に掛けたきっかけは、登校途中でノラ猫と戯れている姿を見た時だった。この辺りによくいかける白猫のノラ猫で。それを抱き上げながら優しく微笑んでいた。
それ以来、オレはずっとその人を目で追っている。
登校中に、今日は会えないだろうか、と辺りを見渡して、見かけなければ落ち込み、見かければ緊張した。猫と遊んでいる姿を見ればラッキーとも思った。
そんな日が長く続くと、ダルい学校へ行くのも待ち遠しくなって、毎朝ドキドキするようになった。そうして今日もその人を見かけては、見惚れるオレは認めざるを得ない。
――オレはこの人に恋をしている。
自覚をすれば簡単だ。好きだと分かってんなら男らしく真正面から告白すればいい。でも、内心ではそう思っていても、緊張する身体はなかなか動けない。見かければ緊張して身体が強張るし、声を掛けようにも掠れてまともに声すら出ない。情けない自分に何度毎夜ベッドに蹲ったか、もう数えるのも辞めてしまった。でも、絶対に告白する、という意思だけは消えなかった。
「あっ、あの!!」
恋を自覚して一ヶ月後、オレは勇気を振り絞ってその人に声を掛けた。若干声は裏返っていたけど、声を掛けてしまった以上もうそんなのは関係ない。
振り返ったその人はびっくりしていて、目を丸くしていたけど、その人の顔すらまともに見れないくらい、オレは緊張していて熱があるんじゃないかってくらい顔を真っ赤に染めていた。
「あのっ、えっと……っ!」
なかなか告白できない自分にじれったくなる。
もっとスマートにかっこよく告白する予定だったのに! 少女漫画を読んでシュミレーションも何度もしただろ!
そう心の中で叫んでも仕方がない。そしてかっこいいとか男らしいとか、理想を全部かなぐり捨てて。オレは戦力で頭を下げて叫んだ。
「好きです!! オレと付き合ってくれませんか?!」
情けないくらい緊張しながら告白した。知り合いが此処にいたら絶対に笑われる。でも念願の告白が達成できたことに嬉しい気持ちもあって、やった、と告白ができた事実に浮かれていると、それを一瞬で落とされた。
「ご、ごめんなさい!」
「……え?」
頭が追い付かなくて、何を言われたか理解できなかった。
呆けている間にその人は走り去ってしまって、取り残されたオレは呆然とそこに立ち尽くした。
あれ……オレ、もしかして……フラれた……?
* * *
「どうしたんだよ、千冬。最近やけに暗くね? なんかあったのかよ」
「あ、ああ……まあ、ちょっとな……」
あの人にフラれてから数日、オレはどん底のように落ち込んだ。あ街の落ち込みように武道やアッくんにまで心配される始末だ。
もう少しマシな告白ができればよかったのか? 名前も知らない奴に告白されたからか? そういやオレもあの人の名前を知らねぇ。
あれ以来、登校時間を遅くしてしまっているせいで、あの人には会えていない。フラれた相手にどんな反応をすればいいか分からなかったし、会うのが怖かった。また逃げられでもしたら立ち直れる気がしない。でも、諦める、という気持ちだけは微塵も無かった。
「相棒、恥を忍んでオマエに相談したいことがある」
「なんか、あんま嬉しい言い方じゃねぇ……」
ムッとする武道に、オレは深呼吸をしてひそひそと続けた。
「その……好きな奴がいて……」
「えっ!? だれだれ!? 同じ学校の子?」
「……登校中に遭う、近くの女子高に通う人……」
ヒュー、と揶揄う武道にムカッとするも「それで、それで? 告白は?」と先をせがまれ、オレはぐっと言葉を呑み込み俯いた。
「……フラれた」
「え?」
「フラれたんだよ! わるいか!!」
「え〜っ!?」
ぎょっとする武道にクソッ、と思うが、事実だから仕方がない。
なんでオレは相棒を相談相手に選んだんだ? アッくんの方が良かったんじゃね? でもこいつ彼女いるしな……。
「それで、千冬はオレになにを相談を……?」
告白の相談かと思えば、すでにフラれた状況。それに武道は千冬に聞き返した。
「だ、だから……フラれても諦めらんねぇし……でも、どうすりゃいいか分かんねぇし……」
ちらり、タケミチを見ればニヤけていて、やっぱりムカついた。でもすぐに一緒に悩んでくれたし、相談した手前、今回は流してやる。
「諦めらんねぇなら、アプローチを続けるしかないんじゃね?」
「アプローチって……具体的には?」
「接点がねぇなら、また告白じゃないか? まずは自分を知ってもらうとか」
確かに接点がない以上、タケミチの言う通りもう一度告白をして、俺のことを知ってもらうことから始めるしかない。あの人はオレのこと全く知らないわけだし、オレだってぶっちゃけあの人のことを全然知らない。それに知ってもらえたら、告白の答えも違う結果になるかもしれない。
「……よし」
そうと決まれば、明日にいつもの時間にあの道に行こう。
「サンキュー、相棒」
「応援してるぜ、相棒!」
そうして決意を固めるように、オレは武道と握手を交わした。
* * *
次の日、少し早く家を出てあの人と会う道で待ち伏せた。こんなことをしたことは無いし、そわそわしてながら待てば、同じ時間にあの人が現れた。
オレに気づくと、その人は気まずそうな顔をして、立ち止まった足を引き返そうとする。それに少し落ち込みながら、全力でその人を引き留めた。
「待ってください!!」
大声を上げて引き留めれば、その人は肩を揺らして立ち止まってくれた。それに嬉しく思いながらも罪悪感を抱き、振り向いてくれたその人に頭を下げる。
「あの、この間は突然スンマセンでした。オレのこと、全然知らねぇのに告白して……でも、オレも諦めらんなくて……だから、もう一回チャンスをください!」
下げていた頭を上げて、まっすぐその人を見つめる。
「オレはアンタが好きです。だから、オレのことをもっと知ってもらってから告白の答えをくれませんか」
そしたらきっと、オレに振り向いてもらう努力をする。絶対に振り向かせて見せる。
「お願いします!!」
もう一度頭を下げてお願いする。すると、その人は慌てて「頭を上げてください!」と言ってくれた。
「……私も、この間はごめんなさい。その……びっくりしてしまって……」
「い、いえ! オレも突然でしたし……」
確かにフラれたうえ逃げられて酷く落ち込んだが、そんなことを言われてしまえば、すべてどうでもよく思えてしまった。
「……名前、教えてくれませんか?」
最初、なんて言われたか分からなかった。でも理解すると、全身の熱が上がった。
「千冬! 松野千冬です!! 中学二年です!」
「松野千冬くん」
名前を呼んでくれた。それだけで、どうしようもなく嬉しくなってしまって、浮かれてしまう。
「アンタの名前も、教えてくれませんか?」
すると、その人は目を丸くして、次にはにこりと優しく微笑んで口を開いた。
――四月一日春乃。それが、オレが好きになった人の名前だ。