夕陽ノ狐



荒野に囲まれた中にそびえたつ寮のとある一室に、スヤスヤと眠る狐がいた。狐と言っても言葉通りキツネの姿をしているわけではなく、狐の耳と尻尾が生えた獣人だ。

一人部屋で気持ちよく寝ていると、誰かがこの部屋に近寄ってくる足音が聞こえた。それに反応して、二つの耳がピクピクと動く。微かな音でも聞き逃さないのが獣人の特徴だ。スタスタと近づいてくる足音にもう目が覚めてしまっていたが、彼は目をつむったまま微睡みを続ける。

足音はそのまま部屋に入ってくると、ピタリとベッドの前で足を止めた。


「巴さーん! 起きてくださーい、もう朝ですよー!」

「むぅ・・・・・・」


眠っている狐――巴――に向かって、ラギーは大きな声でそう言った。すでにもう起きていた巴だが、それでもベッドが恋しくてもぞもぞと布団の中で動くだけで、起き上がろうとはしない。ラギーは大きくため息を落とした。


「こーら、起きるッスよー! 今日から新学期なんスから、起きてくださいーっ!」

「うぅ・・・・・・妾はまだ眠いんじゃぁ〜・・・・・・」

「ダーメッ! ほら、起きるッス!!」


ラギーはしびれを切らしてバッと布団を勢いよく剥ぎ取る。そして立て続けに、ラギーはぎょっとした顔をする。


「ちょっ、だからなんで服着てないんスか!! 服くらい着ろって言ってんでしょ!」


布団の下では、巴は全裸の状態で膝を折って小さく丸まり、自分の九つの尾を抱えて眠っていた。まさに尻尾で身体を覆っているような状態で、尻尾が布団がわりといっても過言ではない。


「だって、こっちのほうが温かいんじゃもん」


「それに、妾の尾は九つじゃからなあ。一本の時は良いが、九つじゃと服が窮屈なんじゃよ」布団を剥がれて観念した巴は上半身を起こして、そんなことを言った。一応、獣人用の服には尾を出すためのチャックがあるが、さすがに巴のような九つの尾を出せるような大きさは無い。となると、もう脱いだ方が早いという結論になる。


「はいはい。そんじゃ、ちゃんと服着て登校してくださいよ」


「オレはレオナさんを今度起こしてくるんで」ラギーはそれだけ言うと、早々に部屋から出ていった。レオナと巴の世話をするのがラギーの日課になっていた。

ラギーが出ていったのを見送ると、巴は渋々、傍らに置いてある制服に手を伸ばした。

いくらかサイズの大きいワイシャツにそでを通して、ベストを羽織る。大きなワイシャツの袖は指先までも隠して、ぶらんと余った袖が垂れ下がる。尻尾を九つから一本にして、ズボンを履く。ズボンはふくらはぎの辺りまで袖をまくり上げ、ベルトの部分に寮の紋章と鈴を巻き付ける。

いつも通りの服装に身を包み終えた巴は、さて、と一息ついた。
このまま一人で登校するのは面白くない。ならレオナとラギーの所へ行って遊んでくるか。

そうと決まれば早い。巴は軽い足取りで部屋を出て、レオナの部屋へと向かって歩きだす。鼻歌を歌いながら進んでると、ちょうど廊下の角から現れた人物の胸に巴は激突した。


「おっと、悪い」


その人はぶつかった巴の肩を掴んで咄嗟に支えた。


「おお、すまんのう。前を見とらんかったわ」


巴は謝って体勢を整え、何十センチも背の高い相手を見上げた。その相手は見上げてくる巴を見ると、珍しいものを見たように目を丸くした。「なんだおまえさん、妾が気になるのかえ?」巴は小首をかしげて尋ねる。


「え、あー・・・・・・アンタの髪、夕焼けみてぇだなって」

「ほう?」


巴の髪は赤から黄色へのグラデーションがかかったかのような髪色をしていた。光の加減でまた見え方は変わってしまうが、だいたいはそうだ。巴はニッと口端を上げた。


「おまえさん、見ない顔じゃのう。名は何というんじゃ?」

「一年のジャック・ハウル・・・・・・ッス」


ジャックは巴の言葉から上級生であることを察し、言葉遣いを改めた。「ほう、昨日の新入生じゃな」通りで見ない顔だと思う。「おまえさんの容貌からすると・・・・・・狼の獣人じゃな?」ジャックの耳と尻尾を見て巴が問いかければ、ジャックは「・・・・・・ッス」と肯定する。「アンタは・・・・・・キツネっスか?」同じようにジャックも巴に問いかける。「正解じゃ。まあ、ただの狐ではないがのう?」意味深なことを言う巴の言葉が理解できず、ジャックは首を傾げる。


「おまえさん、これから登校かえ?」

「はい」

「なら妾も共に行こう、そのほうが面白い」

「え?」


突然、一緒に登校しようと言い出した巴にジャックは少々驚く。そんなジャックに向かって、巴は袖で口元を隠しながらクスクスと笑う。


「だっておまえさん、妾のことが気になるんじゃろ?」


実際、ジャックは巴に興味を持っていた。巴が醸し出す雰囲気や風貌は、珍しいものだ。言い当てられてしまい、ジャックは何も言えなくなってしまう。この時すでに、ジャックは巴に対して得体の知れない存在だと印象付けていた。


「妾は巴じゃ。末永く頼むぞい」


九尾の狐は楽しそうに笑みを浮かべた。






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