きっと忘れない


暑い日の夕暮れ。
厳しい部活も終わり、荷物を取りに部室に向かおうとした時、少しだけ開いた3階の窓からピアノの音が聴こえた。
名前は知らないけど、どこかで聴いた事がある。
有名な曲なんだろう。
綺麗だけど、少し淋しさを感じる曲に、片思い中の相手が思い浮かんだ。
山本は、荷物をがしっと掴んで、音楽室まで全速力で走る。
音楽室の扉の前で、2回、大きな深呼吸をしてから、扉を開けた。
ピアノの音は聞こえなくなっていて、弾いていただろう獄寺は窓際で夕焼け空を眺めていた。

「…獄寺」
その声に、獄寺はゆっくり山本の方を見る。
「…」
獄寺は、興味なさそうに、また空へ視線を戻した。
「獄寺、あのさ」
山本は、いつもとは違って小さな声で話しかける。
「あの…」
はっきりと話さない山本に、獄寺はチッと舌打ちし帰り支度を始める。
ピアノを片付けて、薄っぺらい鞄を持つと、山本の横をすり抜けて扉に向かった。
山本は、獄寺の腕を掴む。
あまりの強い力に、獄寺は思わず「痛っ」と零す。
「ごめん!」
慌てて謝るけど、掴んだ手は離さない。
「さっきから何なんだよ!」
獄寺は苛々した口調で、罵る。
山本は、そんな獄寺を眩しそうに見た。
「…綺麗」
夕焼け空を背景に、少し影を落とす獄寺に見とれる。
「…あぁ、綺麗だな」
さっき自分も見つめていた、燃え尽きる寸前ような太陽の色。
振り返り、空を見上げる。
山本は、もっと見ていたい、俺の方を見て欲しいと、強引に顔を自分に向けて口唇を近付ける。
何が起こっているのかわからない間に、その口唇は獄寺の口唇にちょんと合わさった。
ちゅっと、すぐに離れて、もう一度口づける。
さっきよりも長く。
山本は、目も瞑らず獄寺の少し乾いた口唇を貪る。
大好きな人の驚いた顔、その向こうは真っ赤な空。
獄寺は腕を突っぱねて、山本の身体を離す。
走って逃げようとした瞬間、真剣な眼差しが自分を見据えているのを感じて、立ち止まってしまった。
「獄寺が好きだ!」
山本は、そう叫んだ。
「付き合ってください!」
全身で、愛を伝える。
想いが、次から次へと溢れて止まらない。
山本は、自分でもどうして良いのかわからなくなってしまった。
「好きなんだ…」
獄寺はびっくりして、山本の顔を凝視する。
いきなり何なんだ?
そんな話してたか?
頭の中は?でいっぱいだ。
「なぁ、俺、どうしたらいい?」
山本の情けないくらいの弱々しい声。
「どうしたらって…」
そんな事は、俺の方が聞きたい…。
獄寺はふと、気持ち悪いと思っていない自分に気付く。
母親に似たのか、男受けする顔のせいで、今までもそういう誘いを受ける事はあった。
馬鹿にされてる、そう感じて、そういう男達はすぐに果たしていた。
山本が言ってる事は、あの男達と同じはずなのに…。
「獄寺の綺麗な顔が好き。ツナにしか見せない笑顔を俺にも向けて欲しい。獄寺の意地っ張りな所も好き。いつも頑張ってる所も好き。仲間を守ろうとする格好良いも好き。好きな所しか見つからないんだ」
獄寺は、視線から目を外せない。
強い想いが込められた目に捕らわれたまま、獄寺は考える。
「俺は…お前と同じ意味でお前の事を好きなのかわからない」
「…うん」
やっぱりフラれるのか。
山本は気落ちする。
「でも、嫌じゃないみたいだ」
「え…?」
「これから先どうなるかわからないけど、それでもいいなら」
獄寺は本当に小さい声で、
「そばにいても、いい」
と続けた。
「やった!」
山本は本当に嬉しそうに笑った。
山本の全開の笑顔に、獄寺は少しだけ、ドキドキした。
これから先、何があっても今日の事は忘れないと思う。
夕焼け空に灼かれた部屋で想いを伝えた事も、校庭で聴いた淋しげなピアノの音色も、熱く乾いた口唇の感触も、きっと、忘れられない。
この短い一瞬が、自分達の始まり。
一瞬が、永遠になれば良い。
山本は、心からそう願った。




Happy end…?



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