ただ、そばにいるだけで
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ただ、次屋先輩のそばにいられるだけで良かった。例え先輩の目に映っているのが僕じゃなくて滝夜叉丸先輩だったとしても。ただ、先輩のそばにいられるだけで良かったのだ。それ以上を望むなんて事は、想いを自覚した時に諦めていた。だから、僕には見せたことのない顔で滝夜叉丸先輩と話しているところを見ても、口付けをしようと迫っているところを見ても、胸を刺す痛みに気付かない振りをしていた。

だけど、時折、どうしようもなく辛くて、苦しくて、心の中が仄暗い感情でいっぱいになることがある。そんな時は、こっそり裏山の、誰も来ないような場所で、こうして一人で思いっ切り泣く。そうすると、少しだけ気分がすっきりする。何時もならこのまま二年長屋の自分の部屋に戻り、既に眠っている同室の者を起こさないようにして自分も眠りに着く。

今日も、その筈だった。その人が現れるまでは。

「あれ?四郎兵衛?」

不意に声をかけられて、びくんと身を震わせて振り向いた先に、今は最も顔を合わせたくないと思う人がいた。何故ここに、と思ったけど、一瞬考えて分かった。大方、厠に行きたくなって目を覚ましたけれど、厠を探して歩き回っている内に此処へ迷い込んで来たのだろう。僕はまだ涙の跡が残る顔を見られたくなくて、背中を向けて俯く。

「四郎兵衛、そんな格好で外にいたら風邪ひくぞ」
「…分かってます」
「四郎兵衛」
「もう少ししたら戻りますから、」

だから放っておいて下さいという言葉は、流石に口にするのを躊躇われた。頑なに此方を見ようとしない僕に、大きなため息が聞こえる。呆れられただろうかと不安に思った僕の身体に、ぱさりと暖かいものが被せられた。

「これ…先輩の羽織り…」
「ほら、四郎兵衛の身体、すっかり冷えてる」

捕まれた手と羽織りから、暖かい温もりがじんわりと伝わってきて、冷えていた心と身体もほんのり暖かくなっていくように感じた。

「帰ろう、四郎兵衛」

当たり前のように差し出された手を、取ろうかどうしようか迷ったけれど、きっとこの先輩は一人じゃ長屋まで戻れないんだろうなと思ったから、そっと手を重ねた。

「ちょ、先輩長屋はそっちじゃないです!」
「あれ、そうか?」
「こっちです!先輩、絶対手を離さないでくださいね」
「ん、四郎兵衛もな」

早速はぐれそうになった先輩の手をしっかり繋ぐ。次屋先輩も繋いだ僕の手を、しっかりと繋ぎ返してくれて、僕はただそれだけで泣きたくなるほど嬉しかった。



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こへ滝前提次しろです。こへ滝←次←しろって感じですかね。次屋にとってしろはまだあくまで可愛い後輩といったところで、滝夜叉丸が好きなんだけど、その滝夜叉丸は小平太とラブラブで…次屋の滝夜叉丸に対する想いは、憧れとか、恋に恋するもので、後々しろに想いを向けてくれると嬉しいな、なんて思ったりします。




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