▼Important memory was lost.  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ――大丈夫。この世界で過ごした記憶は忘れてしまうから。 そう言って笑って私をフィルターに閉じ込めた彼は、泣きそうな顔で笑っていた。 「待って…!」 せっかく想いが通じ合ったというのに、此処でお別れなのだろうか。そんなのは嫌だと透明な膜を叩くけれど、びくともしない。 ――ごめんね。愛してる。 フィルターに寄せられた唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。白い光に覆われていく視界の中で、私は必死に名前を呼んだけれど、フィルターの向こうにいる筈の彼の姿はもう見えない。そのまま、だんだんと意識が遠く薄れていく――…… ふと頬に冷たいものを感じて、目を開ける。心の中に何だかぽっかりと穴が空いたような、少し寂しいような気持ちを抱いて、無言のまま身体を起こす。窓から見える空は、うっすらと明るくなりつつあって、けれど傍らの目覚まし時計に目をやれば、起床の時間には少しばかり早かった。 懐かしい、夢を見た。 此処ではない、何処か別の世界。見渡す限り瓦礫や廃墟だらけの、壊れた世界。優しい王様が作り上げた、優しくて壊れた世界。まだ、あの世界の事を思い出せている事に、ほっとする。こちらの世界に戻ってきてしまえば、やがてあの世界の記憶を忘れてしまうと聞いたから。 ――――誰に? 鼓動が、早くなる。誰か、大切な人がいた筈なのに。あの世界の記憶を忘れたくないと強く思うほど、大切な人が、あの世界にはいた筈なのに。 「名前が…思い出せ、ない…?」 どんなに思い出そうとしても、大切な人がいた事は分かっても、名前を思い出す事は出来ない。あの世界の記憶が、大切だった想い出が、どんどん失われていっているのだ。忘れたくないと思う撫子の意思に反して、時は残酷に撫子から記憶を奪っていった。両目から溢れる涙が、ぽたぽたとベッドに落ちてシーツに染みを作る。忘れてしまった事が悔しくて、悲しくて。もう、あの人の名前を呼ぶ事が出来ないのが、とても悲しくて。 「会いたいよ、―――」 誰かに縋るようにシーツを握り締めて、嗚咽を漏らす。無意識に唇が誰かの名前を呼んだけれど、声になることはなく、またそれに対する応えもなく、彼女は暫く一人背中を丸めて泣いていた。 (Important memory was lost.) (あとがき) 私が主催をしている、CZお題企画サイト「泣いたのは誰のせいで」に投稿したものです。お相手は貴女の好きな彼で想像してくださいね! [BACK] |