▼ 据え膳食わぬは男の恥
有澤は校舎から少し離れた場所にある倉庫へ向かっていた。生徒会に回ってきた書類に不審な点があったので、その真偽を確かめる為だ。
他の役員に任せてもよかったのだが、この辺りは人気がなく、素行に問題のある生徒が集められているFクラスが近い。万が一、何かあった時に対処出来る人間が行った方がいいだろう、と有澤はそれだけを告げて生徒会室から出てきた。
――風紀委員会に相談すればいいのでは。
そう副会長が提案するも、生徒会長である有澤と風紀委員長である黒永は、水と油のように反発し合い、喧嘩が絶えない。互いに助け合う気はなく、全力で蹴落としあう程仲が悪い。もちろん、副会長の意見は却下され、有澤は単独で倉庫へ行ってしまった。
「……ボロボロじゃねーか」
有澤は倉庫に辿り着くなり眉を寄せた。いくらほとんど使われていない倉庫だからとはいえ、ここに来るまでの道も伸び放題の草木によって歩きづらい上に薄暗く、倉庫も近寄りがたい鬱蒼とした外観になっている。この悲惨な状態に、有澤は思わず溜息を吐いた。
年季の入った、それも手入れが全くされていない様子である。金持ち校などと言われるこの学園だ。金銭的余裕がないからそこまで手が回らない、なんて理由で倉庫を放置しているのではないだろう。
資金については生徒会長である有澤が一番よく知っている。回すべき箇所に資金を回し、無駄は徹底的に排除してきたのだ。今までにこの倉庫のことなど全く話に上がったこともない。
「誰も使ってねぇだろ、これ」
この倉庫の備品補充と修繕費として少額ではあるが請求が来ていた。何故、今さらこんなに古びた倉庫を利用するのか。それに有澤は疑問を感じ、今この場に居るのだが、来て正解だったと有澤は倉庫へさらに近づいた。
扉には南京錠が付けられたままで、鍵がなければ開けることは出来ない。
――鍵があったとして、開けられるのかどうか微妙な錆び具合ではあるが。
「ん?」
他に何もないか倉庫の裏側へ回ると、ちょうど有澤の腰の高さの位置に穴が開いていた。しかも、子どもや女性なら余裕で潜り抜けられそうなサイズの穴だ。
もう一つ、有澤には気になることがあった。この穴の開いた壁一面だけが、異様に綺麗に手入れされている。
他は蔦が壁を覆っていたり、足元も雑草がそれはもう見事にボーボーに生えているのだ。
しかし、ここだけそれらが綺麗に取り除かれている。
「誰かが、ここに来てるってことか……」
一体誰が、何の為に。それがどうも分からない。こんなに大きな穴が開いていては、倉庫の意味もないのではないだろうか。
有澤は壁に開いた穴から中の様子を見ようと顔を覗かせた。ちょうど手前に台が置いてあったので、それに右手を置いて支え、さらに中へ上半身を滑り込ませる。
「……なんとか入れそうだな」
左腕もギリギリ通すことができ、両腕の力であとは中に入り込むだけ――そこで、まだ外に出たままの尻に違和感を感じた。具体的に言えば、誰かに尻を撫で回されている。
「おい、誰だ!」
「誰だって、そりゃあ俺の台詞だ」
「手を動かすな変態」
「俺好みの尻が触って欲しそうに壁から出てたら触るしかねぇだろ?」
「なんで選択肢がそれしかねーんだよ! どけ!」
「あんたその強気な性格も俺好みだわ、勃った」
――たった? たったってどういう……。
有澤の脳が現状を把握する前に、有澤の尻を撫でていた手はごそごそとベルトを触り始めた。まさか、それはありえないだろう。
「何脱がそうとしてんだてめぇ」
「ヤるから脱がしてんの」
「誰が、誰を?」
「俺が、あんたを」
――おいおい、まじか。
有澤はここでようやく、自分の状況がいかに不利であるかに気づいた。脚を押さえられてはもう抵抗する術がない。
「強姦する気か?」
「俺のテリトリーで尻突き出してるあんたが悪い」
「テリトリー……ってお前、赤城か?」
「なんだ、俺の名前知ってるのか」
赤城という男はFクラスのトップであり、噂では族の総長もしているという。Fクラスの近くには、赤城のテリトリーと呼ばれる場所がいくつかあるらしい。
そこで赤城と接触してしまうと、再起不能になるまでボコボコにされる――そんな物騒な話もある。
今はボコボコにされるというより、ズコバコ犯されそうになっているのだが。どちらにせよ笑えない状況である。
「この倉庫には確認で来ただけだ、お前に用があったんじゃない。だから手を離せ」
「確認?」
「使われているようには思えない倉庫に資金を回せっつうおかしい書類があったから見に来ただけだ」
さっさと解放してくれという意味も込めて、有澤はここが赤城のお気に入りとは知らなかったと伝える。
しかし、赤城は下手な鼻歌を歌いながら有澤の下半身を露出させていく。有澤の話を聞く気はまったくないらしい。
「さすが会長様、いいモン持ってんじゃねぇか」
有澤は脚を大きく左右に開かれ、足首をがっちりと赤城に掴まれている。有澤の身体の向きと向かい合うように赤城に掴まれている、ということは赤城が今いる位置は壁と有澤の間ということになる。
つまり、股間に感じた生温かい風は赤城の息だったということになる。
――近過ぎねぇか、おい。
それに、赤城は今、確かに有澤のことを『会長様』と呼んだ。知っていたのか、途中で気づいたのか。
「考え事かぁ? なんで会長だって分かったのか、気にでもなってんのか」
「ちんこの前でべらべら喋んな、くすぐってぇんだよ」
身を震わせる有澤に構うことなく、赤城はそのまま上機嫌で話を続ける。
「黒永とは昔っからの腐れ縁でよ」
「黒永、だと」
「会長様をぶち犯してぇから何とかならねぇか頼んだら、ここにあんたが一人で行くように仕向けてやるって言われたんだよ」
「あの、クソ風紀……!」
あぁ、なんてこった。有澤は額を手で覆った。つまりは、おかしな内容の書類は黒永が仕掛けた罠で、まんまと有澤はそれに嵌まったのだ。その事実を知り、カッと怒りと悔しさが込み上げる。
これをネタに黒永は今後、ことあるごとに主導権を握ろうとしてくるのだろう。
最も許せないのは、嫌悪する黒永の策にこうもあっさり引っかかってしまった挙句、自ら相手が有利な体勢を取ってしまった自分だ。この上ない失態を犯してしまった。
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