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▼ パンツください!

「結婚しよう」
「断る」

 新学期が始まってから、風紀委員長の神楽木蓮二は熱烈なアプローチを受けていた。これが可愛らしい黒髪の清楚な美少女であったならば、どんなに嬉しかっただろうか。

「恥ずかしがる必要なんてないぞ、ダーリン」
「うるさい黙れお前のダーリンになった覚えはない」

 残念ながら、目の前の人物はでかい男だ。しかも、この男は神楽木のストーカーだ。もう一度言う、神楽木のストーカーである。
――俺が何をしたっていうんだ神様よ。
 そう嘆いたところで、神楽木のストーカーである彼が大人しくしてくれるはずがない。今日も今日とて元気に朝からマスターキーで神楽木の部屋に不法侵入し、洗濯カゴに入れたままになっていたパンツに顔を埋めていた。
 情けのつもりか、彼の容姿は神楽木の好きな烏の濡羽色の黒髪である上に、顔立ちも悪くはないのだ。むしろ学園中の生徒が熱い視線を送る程の超絶イケメンである。ルックスには嫌悪感など全くなく、それが余計に悔しいのだ。
 そんなにモテにモテまくる程のイケメンであるならば、もっと他に選択肢はあるだろうに。何故かよりによって彼は神楽木をロックオンした。誤作動でも起こしたのかと疑ったこともあった。が、間違いなく彼は神楽木にハートを飛ばしまくって嬉々としてパンツを盗んでいく。それはもう鮮やかに、息をするかのように、気付けば脱いだ後のパンツを手に握り締めている。
 ただパンツが好きなだけなのではないか。そう思ったこともあった。断じてがっかりなど神楽木はしていないが、彼に一度だけ副委員長のパンツを渡したことがあった。もちろん、副委員長から正規ルートで手に入れたモノだ。
 しかし、それにはむっと顔を顰め、すぐに神楽木のパンツではないと地面に叩きつけた。その上、何故他人のパンツを持っているのかと物凄い剣幕で追及され、神楽木のパンツ以外はいらないと彼が叫んだ為、周囲にいた生徒からノーパン疑惑を掛けられる事態に発展してしまう二次災害を引き起こして終わったのだ。堂々の黒歴史殿堂入りである。
 神楽木は彼のことを『でかい男』と認識しているが、それはあくまで日本人の平均身長から言えばの話である。神楽木は彼より数センチ更にでかい。でかい男が二人揃ったところでめちゃくちゃ求愛されても困るのだ。

「そんなに見つめられると照れるだろ」
「……」

――助けてくれ。俺には荷が重すぎる。
 頬をうっすらと桃色に染めてキャッキャッと恥じらいを見せられようと、それをやっているのが小柄で可憐な美少女ではない時点で神楽木にとっては視界の暴力でしかない。

「はぁ……」

 このままでは将来禿げる、確実にストレス過多で禿げると己の未来を悲観している神楽木の心情など露知らず、彼――星空蛍は不思議そうに神楽木を見る。

「どうしたダーリン、元気がないな」
「お前の所為だコノヤロウ」
「俺? あぁなんだそういうことか」

 何を理解したのかと口を開こうとする前に、ふにりと柔らかいもので塞がれた。ワンテンポ遅れてそれが星空の唇であることに気付き、神楽木は星空を抱えてジャーマン・スープレックスを躊躇うことなく綺麗に決めた。

「愛が痛いぞ!」
「ただの正当防衛だ!」
「欲求不満なのかと思ってキスしてやったのに!」

 ぶーぶーと口を尖らせる星空に構えば構うだけ体力も気力も浪費するだけなのではないか。その考えを弾き出すまで一秒もかからなかった。とにかく走る、それだけだ。神楽木は走った。星空はもう今日の戦利品を手にしていたのだから追いかけては来ないという予測があっても、完璧と称される外見も能力も全てをフル活用して神楽木にアタックを仕掛けてくる変態から、神楽木は早く離れたかった。
 初めて触れた星空の唇が、案外柔らかくて気持ち良いという無駄な知識を得てしまったのだ。もう星空の欠点がどうしようもなく神楽木に対してのみ変態であることと、でかい男であることしかない。

「クソッ」

 神楽木は一人、頭を抱えた。


*****


 この学園は男子校で全寮制であるからか、性欲真っ盛りな健全な男子高校生達はほとんどが同性とでもヤりたい放題だ。セキュリティの関係やら土地の関係やら所謂大人の事情というもので、山の上に建てられている所為で、女の子に会う為には街まで山を下りなければならない。
 そこは頑張って山を下りればいいだろうと神楽木は思ったのだが、「山を下りたからといって収穫が確実に保証されている訳ではない奴の気持ちがお前に分かるのか」と、小一時間友人に泣きつかれてからは、色々大変なんだなと思うようにしている。
 しかし、だからと言って、いきなりこんながっちりした男を相手に出来るかと問われれば、答えはノーだ。まだ親衛隊にいるような小さい華奢な男なら何とかなったのかもしれない。いくら好みの条件が揃っているとはいえ、圧倒的な男らしさがフラグをバキバキとへし折っていく。

「ダーリン、おはようのちゅー」
「やめろ」

 目を覚ませば今日も自称神楽木のハニーがベッドの横で待ち構えていた。学園中の生徒が持て囃すパーフェクトフェイスを、右手でガシッと鷲掴んで強制的に止める。
――無理だ、助けてくれ。
 毎朝の恒例となりつつある星空の攻撃を躱して、書類の束で頭を容赦なく叩く。
 そうだ、名前も見た目を表したかのように綺麗なのだ。髪の色と同じく綺麗な黒い目をしている。肌も白くて綺麗なのだ。パーツとして見ればこれ以上ないくらいに好みなのだが、変態はお呼びじゃない。

「おい、行くぞ」

 星空の首根っこを掴み、ずるずると引っ張って歩く。最初の頃は星空の親衛隊に文句を言われたが、恍惚とした笑みを浮かべて引きずられていく星空の姿を見てからは多少雑に扱っても何も言ってこなくなった。
 非難されるどころか、最近は憐みの目で見られている。そんな目で見る暇があるならこいつを何とかしてくれ。そんな神楽木の声は届かない。神楽木ノーパン疑惑はすぐ広まったというのに、理不尽な世の中だと嘆いてもどうにもならないのだ。
 生徒会室の前で星空をべしゃりと床に落とす。後頭部を床に強打したようで、星空は文句を垂れ流している。が、全く気にすることなく生徒会室の扉を開ける。
 生徒会室の中には既に他の役員達が揃っていた。

「おい! ここに置いていくからな!」
「会長がまた迷惑を掛けたようで本当すみません」
「あんたが謝ってもあのバカは改心しねぇよ」

 申し訳なさそうに頭を下げる副会長を落ち着かせる。星空を捕まえて椅子に座らせた書記の頷きを見届けてから、神楽木は風紀室へと向かった。
 




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