「名前ー?なにブルペン見てニヤニヤしてんのー?」


私が肩を震わせて驚くと、涼音先輩は机に取ってきてくれた電卓を置いて隣りに腰を下ろした。今から二人で部員さんの今シーズンの打率を出す作業をするのだ。教室から要らなくなって貰ってきたものをすっかりマネージャー用として使っている机の上には、電卓とペンと分厚い練習試合&公式戦のスコアブック。これから、仕事の暇を見てはちまちま計算していかなければいけない。ふぅ、骨の折れる大変な作業だけど、部員さんにとって打率は重要なものらしいから(打率なんてプロの人しか気にしないのかと思ってた)、頑張らないとな。それに、打率見て喜んでる部員さんを見るのも楽しいし!


「どうせ秋丸でしょ」
「えっ!う…、えと…」
「もう!バレバレなんだからー!この前一緒にミーティングに来た時からなーんか怪しいって思ってたのよね」

すごく楽しそうな涼音先輩。あの日は、なんていうか、上手く表現できないけど、とっても大事な日。あの日秋丸くんから貰った言葉を、私は毎日繰り返して、元気を貰っている。


「涼音先輩」
「ん?」
「私、どこかで涼音先輩に甘えてた部分があったんだと思います。自分では頑張ってたつもりだったけど…」
「………」
「でも、気持ち入れ替えますから!これからは、もっと頼って仕事任せてください!」
「……名前。もー、急に真面目なこと言うからびっくりしちゃったよ。言われなくても、私は名前を信頼して仕事任せてるよ。いつも助かってる。ありがとね」
「涼音先輩…!うう、大好きですー!」
「名前ー!私も大好きー!」



『俺、ちゃんと名字さんのこと見てるから!』

そう言われて、なんだか恥かしかったけど、嬉しかった。すごく嬉しかった。やっぱり人間って他人に評価されたい生き物なんだなって思った。私って単純な生き物なんだなって思った。
だから、あれから秋丸くんを目で追ってしまうのは、きっと私が単純な生き物だから。



「…って、誤魔化されないわよ」
「ありゃりゃ。でも、本当に秋丸くんとは何でもなくて」
「えぇー」
「ブーイング受け付けませーん」
「好きじゃないの?秋丸くんのこと」
「うーん…。涼音先輩は大河先輩をどうして好きになったんですか?」
「んーとね、そーだなあ。頑張ってるとこを、見てあげたいって思ったかなー。それがきっかけ」
「見てあげたい?」
「そう。アイツさ、意外と頑張ってんのよ。キャプテンなんて身の丈に合わないことしてるのに、必死に足掻いて努力してる大河見てさ、ずっと応援しててやりたいな、力になりたいなって思ったの」


見ててあげたい、か。私は…どうなんだろう?






   ;・○o・;○;・o○・;
   ○o・..・*・..・o○





「………」
「おい、秋丸。何見てんだよ?」
「うーん?」
「…?」
「ねえ、榛名。名字さんって普通にみんなに好かれてるよね?なんか宮下先輩に引け目感じてるみたいだけど…」
「名字さん?…まあ、好かれてんじゃね?先輩たちの半分くらいは名字さん派だし、俺らの学年でも人気じゃん」
「…いや、そういう好かれてるとかじゃなくて…」
「あ?」
「まあ、いいや。そうかー、でも……うーん、そうかあ…」
「なんかお前今日変だぞ」
「決めた!俺、今日名字さんに告白するよ!」
「…はあ?告白?告白って…は、おま、はあ!?まじで言ってんの!?」
「うん」
「今!?」
「うん、今決めた」
「……お前ってさ、時々まじでソンケーするよ」
「そう?」




   ;・○o・;○;・o○・;
   ○o・..・*・..・o○








「名字さん」


掃き掃除をしていたら、秋丸くんに話しかけられた。二人だけで話すのは、あの日以来だ。ちょっと、緊張してしまう。


「秋丸くん、どうかした?」
「部活、楽しい?」
「えっ、…うん。楽しいよ!」
「なら良かった!」


秋丸くんはそう言って屈託のない笑顔で笑う。ああ、見てたいなあ。この笑顔。“見ててあげたい”わけじゃない。私が、見たい。私が、自分のために、この笑顔を、眺めていたい。そんなわがままが通るだろうか。


「名字さん?」
「…あ、や、なんでもない…!」
「そう?あ、それでね」
「うん、何々?お茶なくなっちゃった?」
「俺、名字さんのことが好きだよ」
「…………」
「名字さんがどれだけ自分を過小評価しても、俺がちゃんと過大評価するから。だから、もっと自信持ってよ」
「………は」
「…聞こえた?」


き、聞こえてたに決まってるじゃない!だから何言っていいかわからなくて固まってるんじゃない!


ああ、なんか、
今なら私のわがままも通りそう。





「…この前、私のこと見ててくれるって言ってくれたよね?」
「うん」
「私も、あれから秋丸くんのことばっかり気になって、秋丸くんばっかり目で追っちゃうの…!」
「え、」
「だから、秋丸くんが私を見ててくれるなら、私も秋丸くんのこと見てていいかなあ?」
「……それは、俺のこと、好きってこと?」
「えっ………う、うん。」


私がモジモジ答えると、秋丸くんはメガネの向こうの目をキラッキラさせて、やったーだの良かっただのとブツブツ言っている。私が好きって言っただけで、こんな風になってくれるんだ。新しい秋丸くんを知れて、なんだかちょっと優越感。


「名字さん!」
「は、はい…!」

秋丸くんがいきなり私の両手を取って、真面目な顔をするのでついつい敬語になってしまった。


「改めて…、」
「…?」
「俺と、付き合ってください!」



触れた手から秋丸くんの動揺とか不安な気持ちとかが伝わってくるようで、私はそんな彼をこれからこんな近くで見れるんだなあと思ったら、何とも言えない嬉しさと、どうしようもない高ぶりが私を襲った。






大好きだよ