朝練を終え、昇降口で自分の下駄箱を開ける。ここまではいつも通り。 「…なんだこれ」 上履きの上に置かれた心当たりの無い白い封筒。手に取って見てみるが、封筒自体には何も書かれていなかった。少し厚みがあるから、きっと中に手紙か何かが入っているのだろう。俺の下駄箱に入ってたんだから開けてもいいよな? 中に二つ折りで入っていた便箋を開けば、真ん中に寄せて文字が書かれていた。 「『右に二歩、左に四歩、左に一歩進め』…?」 なんだこれ。とりあえず指示に従ってみる。右に二歩、左に四歩、左に一歩…。目の前には6組40番のラベルが貼られた下駄箱。たしか、6組は38人しかいなかったよな…。ということは、つまりこれは使われていない下駄箱というわけか。開けてみると、そこには案の定さっきと同じ様な白い封筒があった。 「『次の指示を待て。』…なんだこれ。バカじゃねえの」 誰だよこんなイヤガラセした奴。舌打ちをしていると、便箋に二枚目があることに気が付いた。そこに書いてある文にギョッとする。 『バカじゃねえの!なんて思っているかい?もしそうだったのなら、君は実に短気な子どもだね。でも子どもなら、もっと夢を見て冒険するべきだ。 Mr.K』 俺はズバリ言い当てられたのとコイツの口調にイラッとして俺は封筒諸共握りつぶしてズボンのポケットに突っ込んだ。Mr.Kってなんだよ。ああ、もうマジでバカじゃねえの! 教室に着いてこの事を三橋や田島に言おうと思ったが、しょうもないのでやめにした。三橋と田島はまだSHRも始まっていないのにもう机に突っ伏して寝てやがる。さっきまでバリバリ部活やってたっつーのに寝るの早過ぎだろ。 ;・○o・;○;・o○・; ○o・..・*・..・o○ 四時間目の体育を終え、教室に戻ると俺の机の上に見知らぬ白い折り鶴が置いてあった。折り紙で折ったにしてはサイズが大きい。俺は嫌な予感を抱えたまま、その鶴を手に取り一枚の紙に戻していく。 「うっ……」 案の定、と言うべきか。そこには今朝と同じ文字が並んでいた。 『図書館へ行き、以下のタイトルの本を探せ。 「ムーミン谷の彗星」 …まさか、逃げるわけではあるまいな? Mr.K』 ムーミン谷…?あのカバの妖精の話か?わけのわからないMr.Kとやらに苛々しながらも、俺は図書室へと走った。 みんなは昼食を食べている時間なので、図書室には誰もいなかった。指定の本はすぐに見つかり、中から小学校の頃の俺の写真と『次の指示を待て。』という手紙が出てきた。なんでMr.Kは俺の小学生の時の写真なんて持ってんだ?しかも、サインペンで両頬にニキビ書かれてるし…!そうだよ、この頃はまだスベスベだよ!悪かったなあ!! …浜田か?いや、違う。浜田はインフルエンザにかかって今日も欠席してる。あいつはMr.Kじゃない。じゃあ、一体誰だ? 俺はもやもやしつつも、昼飯を食べるために教室へと戻った。相変わらず三橋と田島は寝ていた。 ;・○o・;○;・o○・; ○o・..・*・..・o○ 部活が終わり、時刻は九時。辺りはすっかり暗くなっていた。教室に戻り、着替えようとロッカーを開けると、今日何度目かの封筒を目にすることになった。 『着替えた後、一人でグラウンドに来い。君の前に姿を現そう。 Mr.K』 俺は急いで着替えて、脱いだユニフォームも鞄にしまわずにグラウンドへと走った。 グラウンドに着いたが、もう夜間練習用のライトを消してしまった後で真っ暗なため、すぐにあの頭のおかしいMr.Kを見つけることができない。どこだ?どこにいる? 「孝介!」 突然名前を呼ばれる。声のしたベンチの方に顔を向けると、暗闇に目が慣れてきたせいかそこに人がいるのだということがわかった。はっきりと顔は見えないが、声で誰だかわかった。 「Mr.Kっておまえなのか?名前」 「あたりー!“彼女”のK!」 「なんだソレ…」 やっと顔がわかる距離の所まで移動し、呆れた顔をすると、それが嬉しいかのようにニコニコ笑い始める名前。Mr.ってことは男性ってことじゃん。しかも“彼女”の頭文字を取るって…そこは普通名前とかだろ。まさか自分の彼女が犯人だったとはな。ハァ…。なんだこのオチ。 「楽しかった?」 「なんでこんなめんどいことしたんだよ」 「時間稼ぎだよ」 「時間稼ぎ?何の?」 俺が問い掛けても名前は一向にニヤニヤしているだけだ。なんか気味悪いな、と嫌な予感(今日に限ってよく当たりやがる)を感じていると、その時… 「「「いっずみー!!!」」」 後ろから聞き覚えの有り過ぎる大声に名前を呼ばれて振り返ると、そこには野球部の面々が。栄口が持っているホールケーキのロウソクの灯がとても綺麗に見えた。 「誕生日おめっとおおお!」 「驚いた?驚いた?」 「サプライズなんだぜ!変なこと口走らないように、俺たち休憩時間はちゃんと寝てたもんな!三橋!」 「う、うん!頑張った、よ…!」 みんな好き放題にギャーギャー騒いでいる。俺は名前に状況説明を頼んだ。 「みんなで内緒でケーキを用意して孝介を驚かせようってなったんだけど、準備してるのが孝介にバレたら困るじゃない?だからあのふざけた手紙で孝介を教室から追い出してたってわけ」 …なるほど。ていうか、ふざけてるっていう自覚はあったのか。 「ホラ、泉ー!名字ー!早く来ないと俺たちだけでケンタ行っちまうぞー!」 気付けば、野球部の奴等は部室に引き返そうとしていた。いつの間にケンタッキー行くことになってんだよ。 「今日はいい肉の日だからじゃない?」 「………」 主役であるはずの俺をほっといて騒ぐアイツらの背中を見て、何故だか笑みがこぼれた。頼もしいっつーか、危なっかしいっつーか。でも、まあ…ありがとな。 「ねえ、孝介。私からもプレゼント!」 そう言って名前から渡された紙袋を覗くと、そこには紺色のチェックのマフラー。明らかに市販のものだ。毛糸じゃないし。 「…付き合い始めた頃、手編みのマフラー渡すとか言ってなかったっけか?」 「ギクッ……いや、まあ、その…今どき手編みなんて重いかな〜と思って…」 「ふーん(名前が不器用なの知ってるけど)」 申し訳なさそうに視線を逸す名前の頬に触れるだけのキスをして、俺は無我夢中でまだ大騒ぎしているアイツらの元まで駆けた。「ちょっと待ってよー」と名前の情けない声が後ろから追いかけてくる。俺はチラッと振り返って言った。 「来年は手編み待ってるからな!」 さあ、早くアイツらのとこに行って俺と名前の分のケーキ確保しなきゃな。 俺は、緩みっ放しの口元を元に戻すことを放棄した。 Dear you!親愛なる君へ。 生まれてきてくれてありがとう! |