世間は春。しかも卒業シーズン。でも、わたしの心の中は真冬。今のところ、あいつから卒業もできていない。そんな、ダメダメなわたし。



「名前ーっ。高校行っても、絶対メールしようね!一緒に遊ぼうね!」
「さゆ…。やめてよ、さゆが泣いたら、わたしだって泣けてきちゃうじゃんかー!」


今日は、中学の卒業式。式はさっき終わって、今は中庭で卒業生たちが別れを惜しんでいるところ。わたしもそれに乗っかって、親友のさゆと抱き合っている。さゆの背中に回した手に握られている卒業証書の入った筒。それを見ると、あぁ…、卒業しちゃったんだ…ってしみじみと思う。同時に、わたし、このまま卒業しちゃっていいのかなー…って。

横目にちらりと映るのは、男子の中心で騒いでいる田島悠一郎。田島とは、結局友達止まり。面識がないときから、アドレス聞いたり、色々リサーチして頑張ったんだけど、結局“仲のいい友達”。告白できないまま、わたしの恋は今日終わる。




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あれから結構時間が経った。しかし、まだ少し生徒は中庭に残って話している。わたしとさゆもそうだ。わたしの目に映るのは、あいもかわらず目の前で騒ぎ続けている田島。少し無言が続いた後、さゆが言った。

「名前、いいの…?田島に告白しなくて」
「え、いいよー。…なんか、今さら…じゃん?」

笑って答えた。わたしも、一度は考えた。でも…。

「…名前はさ、三年間一途に田島のことを想ってきたじゃん?そういうの、いつもすごいなって思ってた。だから、名前には幸せになってほしいし、三年間の想いを田島に言ったほうがいいと思う。今までの努力を、無駄にしないでほしい」
「さゆ…」

さゆが真剣に話してくれているのは、目を見なくても声だけでわかった。わたしも、自分の気持ちをさゆに伝えなきゃいけないなっていうのも…。痛いくらいに。


「…あのさ、今まで頑張れたのは、さゆのおかげでもあるんだよ。上手くいっても、失敗しても、さゆが話を全て聞いてくれたからまた頑張ろうって思えた。…わたし一人じゃ、たぶん友達にさえなれないままだったと思う。だから…、ありがとう、さゆ。ほんとに感謝してる。わたしもさ、告白したいなって思った。高校違うから、もう簡単には会えないと思うし。でも…やっぱり最後には勇気がなくてさ…。ははっ、わたしどんだけアホなの…。今までの三年って何なの…?…もう、泣けてくるね!」

さゆを元気づけようと、最後は明るく言ったのだけれど、さゆは泣いていた。

「名前はさ…なんで…ぐしゅ…そんなけなげなの…?そんなの、“今まで三年ずっと好きだったんだよ!もっと早く気付いてよ!”って、田島に…うぅ…言っちゃえばいいのに!」

さゆは、顔をぐしゃぐしゃにしながら、わたしのために泣いてくれた。わたしだけのために。わたしは、なんて良い人と出会ったんだろう。わたしは、なんて恵まれているんだろう。


「さゆ…うぅ…ぁありがとうね、さゆ…」


わたしは決めた。これは、やけくそなんかじゃない。ケータイをスカートから取り出す。


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話があるから、帰る時に
門のところで待ってて?



もちろん、宛先は田島。目の前の彼は、ワンテンポ遅れてズボンを探ってケータイを取り出した。そして、辺りをきょろきょろしてわたしを見つけると、不思議そうな顔をしながら頷いた。わたしも笑って応えた。





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もう陽も傾いて夕暮れ。さゆには、先に帰ってもらった。校舎をしみじみと眺めながら、もうそろそろかな、と門へと足を進める。門の前に、一人の生徒がいた。少し小柄な学ラン姿。三年間、ずっと追いかけていた。それも、もう今日で終わり。



「田島!ごめん、待った?」
「やー、今みんなと別れたとこ」
「そっか。急に呼び出しちゃってごめんね。……田島はさ、たしか西浦だったよね?また野球やるんだ?」
「おう!あたりまえー。まあ、一番の理由は、家からめちゃ近いからなんだけどな!」

屈託のない笑顔。三年間、この笑顔にたくさん元気をもらった。


「…で、“話”なんだけどさ」
「あー、そうだったな」




わたしは今から、この長い恋に、けりをつける。わたしは、“田島悠一郎”から卒業する。





「わたし、ずっと、三年間ずーっと、田島のことが好きだった!」



思わず目をつぶった。田島の顔を見るのが怖かったのかもしれない。田島の返事を聞くのが怖かったのかもしれない。というか、返事なんていらないと思った。わたしはこれを言えただけで十分満足だ。フラれて傷付くのは勘弁願いたい。言い逃げだとしても、きちんとわたしの気持ちは伝わったはずだ。中学卒業よりも、わたしにとっては、“田島悠一郎卒業”のほうが大きいかもしれない。



「えっ、名字が!?俺のこと好き!?」

田島は、自分のことを指差しながら聞いてきた。

「そ、そうだよ。恥ずかしいんだから、あんま大声で言わないでよね…」
「わりぃわりぃ。びっくりしたんだって」
「もう…。……じゃあ、またね。今までありがとう。野球頑張ってね」

わたしはそう言って、田島に背中をむけた。泣きそうだったから。




「おい、名字ー!」

田島がまた大声で言った。

「…な、何!」
声が震えないように言うのって、案外大変。


「俺、まだ名字に返事してない!」
「へ…返事?」

そんなの、べつにいいのに。結果はわかってるんだから。田島は、また大声で叫んだ。



「俺も!名字が好き!」





わたしは、驚いて田島を振り返った。田島が、いつもの笑顔でこちらに駆けてくる。ぎゅっと、抱き締められる。


「名字ばっかに、いいとことられた…」



田島は一瞬ムスッとして、でもすぐ優しく笑って、わたしにキスをした。わたしはめでたく、“友達”というポジションを卒業したらしい。“田島悠一郎”には、卒業できそうにない。








あなたからの卒業



(正門のど真ん中で抱き締められたままもうかれこれ五分…。すごく嬉しいんだけど、先生達の視線が生暖かい…)