高校二年生になり、腐れ縁の力で呼び寄せられたかのように私はまた勇人と同じクラスになった。中学の頃より全校の人数が増えたのになんでだ…と思ったが、すぐさま文理選択で私も勇人も文系を選んだことを思い出す。そうだ。半分の人数に絞ってしまえば、私と勇人なら同じクラスになりかねない。なんせ、幼稚園からの幼馴染で、別々のクラスになったことなんて高一の時を合わせても三回しかない。どういうことだ。しかしまあ、高一で同じクラスにならなかったからか、今のクラスに同じ中学だった人がいないからか、みんなは私と勇人が腐りまくった縁で繋がれている幼馴染だとは知らない。別に自分からあえて言うことでもないし。
ただ私が我慢ならないのは、女の子たちの言う勇人がいい人過ぎることだ。口を開けばみんな「栄口くんって優しいよね」「すっごく紳士!」「ほんと爽やかだよね」「他の男子とはなんか違うよねー」「嘘つかなそうだし、友達大切にしそう」「ラフだけどお洒落だよね、私服」「でもちょっと草食なイメージ」「あーわかる、わかる」「それがいいんじゃん」「栄口くん、ステキ〜」だなんて言うもんだから、私の頭の中からイモムシが這って出てきそうになった。ハア?勇人が紳士?爽やか?嘘つかない?お洒落?草食?ステキ?みんな、勇人のことをどこかの聖人と勘違いしてないか。腐り過ぎて納豆になっちゃうくらいの縁の持ち主の私から言わせれば、勇人なんて平気で私が大事に取って置いたお菓子を食べるし、テレビ見てるのに勝手にチャンネル変えるし、嘘ついて心配させるし、陰で悪口だってこぼすし、イジメを見て見ぬ振りだってするし、今はもうさすがに無いけど昔はTシャツとパンツだけという風呂上がりのオヤジみたいな格好で私の前をウロウロしていたし、未だに私のぷよぷよのソフト返さないし、PSPでエロ動画だって見てる、普通のそこらへんの男だよ。みんなして勇人のことを褒めちぎって、そんなんじゃないのに私も適当に相槌打って、みんなの前では栄口くんとか呼んでさ。本当は私の方が勇人のこと知ってるのに、他の女の子たちが知ったような顔で話す“栄口くん”の話なんか聞くの、嫌だよ。そういうの、全部ぜんぶ嫌だよ。グシャグシャに丸めて、窓からポイッと投げ捨てたい。





「なんでそんなにブスッとして人のこと睨んでるわけ?」

沖くんと話していたはずの勇人が私のところまで来て、呆れたように言った。

「勇人が高校デビュー成功させたみたいだから、ついムカついて」
「え?高校デビュー?」
「女の子たちが『栄口くんかっこいい〜、やさし〜』って言ってるよ」
「まじで?」

途端ににやけ顔になった勇人に蹴りを入れる。そうだ。こいつは隠れた女好きでもあった。ただ、意気地が無いために自分の中で「あの子かわいー」と思って終わるだけの、それこそ草食系女好きなのだ。

「いってえ。…それなら、名前だって高校デビュー成功してんじゃん」
「え?」
「お前のこと『健全そうに見えて裏ではエロいって感じだよなあ。なんか色っぽい』とか言ってる男子とか結構いるよ」
「…私のどこがエロいわけ?色っぽいわけ?意味わかんない」
「俺もまったく同感。みんな、全然名前のことわかってないよなあって思う」
「私も!さっきみんなにそう思ってたとこ!」

二人して笑顔になった。
勇人も同じことを考えていたとは驚いた。でも当然っちゃ当然か。私が勇人を十二年間見てきたように、勇人も私を十二年間見てきたのだ。

「このままでいいと思う?」
「いいんじゃないかな。俺たちが知ってるだけで」
「そういうもん?」
「名前以外に知られたくないよ」
「PSPでエロ動画見てることとか?」
「うん。…って、え!?なんでそれ知ってんの?」
「弟くんが笑いながら履歴見せてくれたよ」
「あいつ…。それは名前にも知られなくなかった…」
「なんで?いーじゃん。私たちの仲じゃん」
「嫌なものもあるの」
「ふうん」
「ひとつやふたつくらいはね」
「え、ふたつもあんの?」
「言葉のアヤだよ」

勇人は私の頭をグシャグシャ撫でて誤魔化した。しょうがない、誤魔化されてやろう。

「今、誤魔化されてやろうとか思ったでしょ」
「…当たり」

どうやら勇人は私の性格だけでなく心の中まで知っているらしい。それなら、私の勇人に知られたいようで知られたくないあの気持ちも、知っているんだろうか。やっぱり、私たちの間でもひとつやふたつは知られて困ることがあるみたいだ。

「あと、みんなの前で栄口くんって呼ぶのやめれば?」
「え?なんで知ってんの?」
「腐れ縁だから」
「理由になってない」
「名前が栄口くんとか言ってるの聞くと、誰のこと?ってなるから、さ。やめなよ」

勇人は私の頭を軽くゲンコツで叩いて、また沖くんのところへ戻っていった。


「…カッコつけたな、ばかめ」

腐りまくった縁が肥やしとなって、新たな芽を育んだことを、勇人は知っているような気がした。だって、私のことは、勇人が誰よりもよく知っているから。