私は、どちらかといえば行動力のある部類の人間だと思っていた。行事になったらはりきって仕事受けちゃうし、友達の悩み事も解決してあげてるし、飲み会とかランチの幹事もよくやるし…。それなのに、私は“あの子”を見捨ててしまった。どうしてあの時、私は何もしてあげられなかったのだろう。私がもし、あの時“あの子”に手を差し伸べていたら…。そう思うと後悔が止まらない。





「名前!隣いいか?」

講堂のカフェテリアで一人コーヒーをすすりながら落ち込んでいると、悠一郎がトレイにカレーライスをのせてやってきた。まだいいとも言ってないのに、どっかりと腰掛けて恒例の「うまそうっ!」を連呼した後、本当に美味しそうにスプーンに山盛りのせたカレーライスを一口たいらげた。この自由奔放な男は、私の彼氏である。同じ教育学部と言えど、学科は違う。彼は初等体育、私は中等英語だ。そんな二人がどうして出会ってこうして付き合っているかというと、私が落とした電車の定期をそこに偶然居合わせたゆうが拾ってくれて、お礼にご飯でも食べに行きませんか?奢ります!……てなかんじでは全然なく、7対7の合コンで初対面を果たしたのである。うわー、もし結婚したら結婚式で気を遣われて、「二人が出会ったのは友人同士の食事会でした」とか言われるんだろうなあ。まさか、合コンとはちょっと言いにくいもんね、結婚式で。まあ、ゆうと結婚するかなんてわかんないけどね。私たちまだ大学生だし、この先どうなるかわかんないし、ゆうがどう思ってるかもわかんないし。


「どした?今日おまえ元気なくね?」
「…ゆうってたまにすごく勘がいいよね…」
「まあな!」
「…あんま褒めてないから」
「で?どーしたんだ?俺に話してみろ」
「うん…その…言いにくいんだけど、…」
「いいよ、名前のペースで言えば」
「うん。ありがと。あの、ね…昨日会った子が、死んじゃって…。私、あの時助けてあげられたのに、勇気が出なくて」
「名前…」
「死体を朝見つけて…道路を渡ってる間に車に轢かれちゃったみたいなの。…ぐちゃぐちゃだった…可哀相なくらい……」
「…え、見たのか?…大丈夫か?友達の女の子?」
「いや、昨日が初対面だからわからない。女の子…なのかな?わかんない、カメだし」
「そっか……って亀!?」
「え、うん。カメ」
「今の話全部カメ!?」
「カメ」
「死んだのは!?」
「カメ」
「まじかよ」
「まじだよ。私の家の近くに用水路あるじゃん」
「ああ、あの溜め池みたいなところ?」
「そうそう。そこの散歩道に居たんだよ。学校の机くらいでっかいカメが!」
「でっか!なにそれ!ペットだったのかなー」
「そうかも。野生であんなに大きくなるわけないよ…。あの時、私が家に連れて帰って飼ってあげれば、あの子は死なずにすんだって思うといたたまれなくて…」
「その死体、どうした?」
「まだ道路にあるままだと思う」
「そっか」

ゆうはそう言うと、大急ぎで残りのカレーライスをかきこんだ。

「名前、今日の講義まだ残ってる?」
「ううん、もう帰るところ」
「俺も!じゃあ、行こうぜ!」

片手でトレイを持って、片手で私の手を掴んで歩いていくゆう。急にどうした?大学から一緒に帰るなんて、時間が合えばよくあることだけど…。



一緒に電車に乗り、ゆうの降りる駅に着く。私の降りる駅はこの三つ先だ。しかし、ゆうは繋いだ手を放さない。

「…降りないの?」
「降りないよ」
「え?なんで?」
「カメのとこ連れてって」
「えっ…」
「お墓、作ってやろうぜ」

それでカメの死体がまだ残ってるか聞いたんだ…。私は心の奥がほっこりして、ゆうの彼女でよかったなあ、誇らしいなあ、なんてむず痒いことを思ってみた。柄じゃない。


私が今朝カメを見つけた道路に行くと、やはりまだ死体はそのままであった。この道路は今は車の通りも少ないが、夜には一気に増える。きっと暗くてカメの横断に気付かなかった車が轢いてしまったのだろう。甲羅もバリバリに割れて、その中から中身が出てしまっている。近くで見ると、一層グロテスクだ。ここから散歩道までは人が歩いても十五分くらいはかかる。このカメは何時間かけて、ここまで来たのだろう。

ゆうはスーパーの買い物袋に丁寧にカメの死体を入れ、持ち手を使わず、袋を寝かせたまま運んでくれた。彼の心遣いにまた胸が温かくなる。

お墓の場所は、初めてカメと会った散歩道の花壇の隣にした。途中にあるホームセンターで安っぽいシャベルを買い、穴を掘って、カメを入れる。二人とも無言で作業をした。ふっくらとした土の上に花壇の花を添えて、二人でお祈りをする。

「来世は幸せでありますよーに」
「…お墓も作りました、お祈りもしました。だから、名前を恨まないでやってください。カメさんが何も言わなくても、こいつはすっげー落ち込んでるみたいなんで、わかってやってください」
「ゆう…」
「カメ、喜んでると思うよ。名前にこんな良くしてもらってさ!」

ゆうはいつものように笑う。この笑顔を見ると、本当に同い年か疑いたくなる。それくらい純粋で、爽やかで、眩しい。


「そういうわけで、名前さん」
「はいはい何ですか悠一郎さん」
「今度は勇気を出して、俺を飼ってみない?」
「…は?」
「後悔しないようにさ!」
「えっ、それって同棲ってこと…!?」
「俺、きっと名前のこと幸せにすると思うよ?」



いきものがかり



天国のカメさん。お元気ですか。私は元気です。あの後拾った大きな大きなうるさいわんぱくなカメを飼うことに決めました。