土曜日の夕方。俺たちは一日練習を終え、部室で着替えをしているのだが、どうにも見てられない奴が一人。 「オイ水谷!」 「ん〜?どうしたのいずみー」 水谷はだらしないフニャフニャとした締まりのない顔でそう言った。おえ、気持ちワル! 「おまえさー、まじで気持ちワリーんだけど。ケータイ見てニヤニヤニヤニヤしやがって…」 「えぇ、気持ち悪くなんかないよー」 「それが気持ち悪いっつってんの!何?エロいやつ?」 「違うよー!エロじゃないよー!」 「うぜー。もったいぶらないで見せろよ!」 「えっ、ちょ、うわあああ」 水谷を押し倒して半ば強引にケータイを奪う。後ろで田島が「おー!やれやれー!」となんか知らんが盛り上がっている。他の奴等も、水谷が何を見て始終へべれけ顔になっていたのか気になっていたらしく、興味津々な様子だ。エロ画像とかだったらみんなに回して晒してやろ。そう思っていたのに、予想に反してケータイはメール画面を写し出していた。は…?メール?…差出人……名字名前…!? 『このあいだの練習試合お疲れ様! 最近、元気ないみたいだけど大丈夫? みんなにクソレって言われてたけど、ヒット打った時の水谷くんかっこよかったよ〜! だから元気だしてね』 名字からのメール。なんか…ハートの絵文字とか付いてんですけど…! 「…なんだよコレ」 「えへー、俺前の試合でバックホームの送球ミスったじゃん?それで落ち込んでたら名字さんがメールくれてさ〜」 「お前なんで名字のアドレス知ってんの?クラス違うのに」 「んー?それはまあ俺の人脈でー」 なんだこれ。なにこいつ。うわー!なんか知らんが超ムカつく! 俺は水谷のケータイを俺の後ろでそわそわしながら様子を伺っている奴等に投げて、ズボンの右ポケットから自分のケータイを取り出す。そしてメールフォルダを開き、友達フォルダでも野球部フォルダでもなく、無名のフォルダ3を開く。そこには、名字からのメールだけが入っている。好きな奴だけメールフォルダ分けてるなんてキモい!っていう正論は今はナシな。 『次の試合っていつー?』 『わかった!都合良かったら見に行くね(^o^)』 『え?』 『ごめん、わかんない』 『そうだよー』 『@体育A現文B古典C英UD応TE生物F倫理』 『了解!』 ………ない。いくら探しても無い。笑顔とかキラキラの絵文字はあっても、ハートなんて何処にもない…! 「……水谷に…負けた……」 あんのアホはヘラヘラしながら何が〜?と答える。俺へのメールなんて、ハートだってないし、短いし、素っ気無いし、可愛げないし!なんでだよ…!くっそお! 「泉」 「あ?」 「もしかして泉って名字さんのこと…」 「ちっげーよ!水谷のくせにうっせえんだよ!」 「…泉、男の嫉妬は醜いぜ☆」 水谷の白い歯と突き出された親指に俺のパラメーターが限界を突破し、水谷のみぞおちに一発おみまいして乱暴に部室を後にした。明日くらいに、花井に「みっともねーぞ。水谷なんかまともに相手して」とか言われそうだ。 それでも俺のイライラパラメーターは振り切ったままで、その上前方に渦中の人物の名字がてけてけ歩いてて、終いには俺に気付いて手を振りながらこちらに駆け寄ってくる始末だ。まったくどこの二時間ドラマだよ。こんな時に偶然見掛けるとかまじで笑えねーよ。 「泉も、部活終わったのー?」 なにこれ。なんで会っちゃうの?俺は今お前についてめちゃくちゃイライラしてんだよ!ほっとけよ…! 「…あー、うん、まあな」 「そう。お疲れ様」 「ああ」 「…あ、そうだ。水谷くん元気だった?」 パラメーター爆発 制御不能、制御不能! 「は?」 「なんか元気なかったから…」 「お前水谷にメール送ったんだってなあ」 「え?うん。なんで知ってるの?」 「随分とかわいらしー内容だったじゃんか。『かっこよかったよ』とか『元気出してね』とか」 「メール見たの!?最低…!」 「最低はどっちだよ!水谷なんかにあんな励ましのメール送りやがって!何?水谷に媚び売ってんの?」 「違うよ!友達を励ますなんて当然じゃん!」 「にしても、普通あんなメール送らねーよ!」 「女の子は送るんだよ!」 「水谷は男だ!」 「そうだけど…!」 「水谷に気があんだろ?だからあんな優しげな柄にもないメール送るんだろ?」 「柄にもないって何よ!私だって優しい心の一つや二つ持ってるわよ!」 「じゃあ、なんで俺には送ってくんないんだよ!俺より水谷の方が好きなのかよ…!…………あっ」 しまったと思って両手で口を塞ぐが、あんなにも声高に叫んでしまった後ではなんの意味もない。これではまるで、俺が水谷に嫉妬してるみたいだ。……いや、実際してるんだけど。それは俺が名字のことが好きだっていうのを俺自身がよくわかってるから許される当然の行為であって、名字からしてみれば『クラスメイトがふてぶてしくなんか上からもの言ってきたし〜。私が誰にどんなメール送ろうが、ただの知り合いのアンタには何にも言われる筋合いないんですけど』というのがきっと本音であり、至極正論なわけで…。だからつまり、俺はものすごい失言をしてしまったわけだ。 「い、ずみ?」 「……い、や…その…」 「…後ろ、向いてて」 「え?」 「いいから!」 名字が顔を真っ赤にさせながらそう言うから、俺は仕方なく名字に背中を向けた。え、何…やっぱり嫌われた……?そんなの、絶対やなんだけど! ♪♪〜♪ 沈黙の中鳴る俺のケータイ。空気読めよバカ! 「………」 「出て、いいよ」 「…ああ、わり」 名字のお許しも出たところで、ポケットからケータイを取り出す。この着信音からしてメールだ。こんな空気読めねータイミングでメールしてきたの誰だよ。メルマガだったら許さねえ。親指でポチポチとフォルダを開いていくと、新着メールはフォルダ3に届いてる……?フォルダ3に届くのなんて、一人しかいねーじゃん! 『好き』 絵文字も丸さえない二文字の単語。それに俺は心底驚かされ、やれハートの絵文字がないだとか、やれメールの文が短いだとか、そんな些細なことで意地になってひねくれていた自分がひどく小さな人間に思えた。 俺は何も言えないまま、振り返る。 「好きな人以外には、優しくできるんだ。だから、泉には…無理かも」 照れながら言う彼女が可愛くて、俺はムズムズする身体を抑えるのに必死だった。春の風は、どこかくすぐったい。 優しさなんていらない君がいれば、ね |