来良学園も入学試験という実力テストが終わり、一年生で最初の定期テスト――中間テストまで二週間を切った。というわけで、竜ヶ峰くんの家で紀田くんと名前さんの四人で勉強会をすることになりました。しかし、浮き足立った高校生四人が集まって、集中して勉強に勤しめるわけがなく…。つまりこれは、勉強会と称したただの集まり…もっと言えば単なる遊びにすぎないのかもしれません。そうしてまた、どんどん話がずれていってしまうんです。 「ていうかさ、名前は臨也さんの何がいいわけ?なぁ、杏里?」 紀田くんが華麗にペン回しをしながら言う。 「え?うーん、そうだなあ…」 名字さんは、頬をほのかに染めて考えているようだった。 名字さんは、先日ばったり会った折原臨也という男に夢中である。歳は二十代前半。それにしては珍しい綺麗な黒髪。目鼻立ちも整っていて、確実にイケメンという部類に属するだろう。しかし、こちらを何もかも見透かしたようなあの眼光と、嫌な気分にさせられるわざとらしい笑顔が、見ている者の脳内に警報を鳴り響かせるのだ。しかし名前さんは、こともあろうかその警報を恋の電撃と勘違いしてしまったらしい。人の恋路に口を出すなんて野暮なことだと知りつつも、相手があの情報屋の折原臨也とくれば黙ってはいられない。紀田くんと竜ヶ峰くんもその例外ではないようだ。 しかし、名前さんの方も問題である。彼女は少し…風変わりなのだ。顔は可愛いし、天真爛漫な性格なため、折原臨也に引けを取らないくらい同性にも異性にも人気がある。しかし、『男は羊のふりをした狼』とはよく言ったもので、その言葉を借りれば、彼女はまさに『美少女のふりをした変態オヤジ』なのである。彼女のセンサーには多少歪みがあるように思うが、センサーにビビビッと反応したものをこよなく愛でる傾向にある。私しかり、竜ヶ峰くんしかり、豆しばしかり、キモリしかり、ダンゴムシしかり。それらを可愛がる際の名前さんの言動はどこか生々しいと来良学園でもっぱらの噂である。そして、天然という面も持ち合わせているため、クラスでは『可愛い不思議ちゃん』という位置付けがされているようだ。紀田くんによれば、クラス内での変態オヤジ度は一応セーブされているらしい。きっとクラスの人たちは、いきなり「今から杏里ちゃんの胸を揉んで何カップか当てまーっす!」なんて言い出す名前さんを知らないのだろう。いや、知らない方がいい。 「そうだなー…本当は人が好きなくせに、ツンデレだからいたずらして相手を困らせちゃう所とか?」 「…俺は、てっきり顔で選んだだけだと思ってたぜ。ていうか、臨也さんはツンデレでもないし、あの人のやる事はいたずら程度じゃ済まないからな、名前、覚えとけよ」 「私も、顔なんだと思ってました」 「…名字さんは、この間会ったばかりなのに臨也さんがどんなことしてる人なのか知ってるんだ?」 「まあね。だてにテスト勉強そっちのけで池袋掲示板を梯子してないよ!」 「え!?いや、そんな胸張られても…!そこは勉強を優先しようよ!」 終始こんな平和的であればよかったのだが、紀田くんの言葉で事態は変わってしまった。というか、一番の起爆剤は私だったのかもしれない。 「まっ、いーじゃん!臨也さんだとしても、ただ名前のお気に入りリストの一部に入っただけなんだからさ!帝人や杏里と一緒なわけだし。気にしない、気にしなーい」 「紀田くんが話し始めたんでしょうが」 ジト目で紀田くんを見る竜ヶ峰くんを余所に、私は思ったことをそのまま口にしてしまった。 「名前さんって、恋愛的な意味で折原さんのことを好きなんじゃないんですか?」 しばしの沈黙。 「…名前、それは本当か?杏里が言ってることが図星だったりしちゃったりするのか?そんなのお母さんは許しませんよ!」 「えー、私はただ杏里ちゃんとか帝人くんと同じように好きなつもりだけど、改めてそう聞かれるとわかんないよー」 「わかんないだと!?こんのー!」 すると、紀田くんが名前さんを押し倒し、ふたりは取っ組み合いの喧嘩を始めた。 「そんな愛にふしだらな子に育てた覚えはないぞ!」 「育てられた覚えもない!」 「あいつは危険な男なんだよ!」 「そんなこと言ったら、男はみんなケダモノってお母さんが言ってたよ!」 「あぁ、たしかに男はケダモノだ!俺だってこのスマートで紳士的な顔の奥には、そりゃもうびっくり!なライオンハートの持ち主なのさ!でもこの場合、そういう危機じゃない!」 「じゃあ、どういう危険なの!」 「だいたい、あんな会ってすぐの素性も知らないような男をお気に入りリストに入れちゃって…!なのになんで俺が入ってないんだよ!俺はダンゴムシ以下ってことなのか!?そうなのか!?五十文字以内で簡潔に述べよ!かっこ丸、濁点を含むかっことじ!」 「それが本音か…!チャ、ラ、い、か、ら、まる。はい、七文字!」 「七文字…!俺への気持ちはたった七文字で表わされてしまうようなちっぽけなものなのか!?お兄ちゃんは悲しいぜチクショー!」 「お母さんなのかお兄ちゃんなのかハッキリして…!」 最初は真剣なのかと驚いたが、よく見れば二人ともおどけていただけであった。しかし、竜ヶ峰くんの「名字さん!パンツ見えちゃうよ…!」という困った一声によってその遊戯は終了したもようだ。間を置いて、どこか真剣に紀田くんが問う。 「名前は、臨也さんに何を望んでる?普通に幸せな恋を求めてるなら、あの人の所にそんなものはない。他をあたったほうがいい」 名前さんは、困ったように呟いた。 「…わかんないよ」 「…名前」 「でもね、」 「ああ、」 「強いて言うなら、彼を私の力で不幸にしてやりたいかなあ」 彼女は、そう言って幸せそうに笑った。 一方通行少女 |