家族四人でテーブルを囲んで晩ご飯を食う。いつもの日常。俺が野球中継を見ながら、飯を口に運んでいる時だった。


「そういやおまえ。名字さんとやらとはどうなったんだ?」
「んんっ…ゲホッゴホッ」


親父が突拍子も無く言うものだから、俺は思わずご飯を喉に詰まらせた。

「一ヵ月くらい前だっけか?なーんか機嫌良くて、母さんに聞かれてもないのに『今日の飯美味い』なんて言ったりしてたのに、最近めっきり元気ないじゃないか」
「え、何ナニ?名字さんって?なんの話?」
「おふくろは知らなくていーんだよ」
「そうだ。男同士の話だ。母さんには言えんな。ハハハ」
「えーずるーい。ねえ、シュンちゃんも、ちょっとくらい教えてくれたっていいと思わない?」
「俺も男なのに知らないんだから、お母さんはもっと駄目なんじゃない?」



家族の会話が逸れ始めたところで、俺は一ヵ月前のことを思い返していた。


名字と映画を見に行った日、たしかに親父が言うように俺は機嫌がよかった。当然だ。しかし、次の日に事態は急変。俺の裏の情報網で(というか水谷絡み)で名字がツイッターをやっているということを聞いた。さっそくケータイで名字のページを見た。うわ、【起床なう!】とか【今日のおやつはパステルのプリン】とか書いてある。過去のツイート(書き込み)を見ていくと…あっ、【映画館なう】って書いてある…!あいつ、なんかケータイいじってるなとは思ってたけど、ツイッターやってたとはな…。


その次のつぶやき。


【帰宅なう〜(*^o^*)映画楽しかったあ。手までつないでもらってカップルみたいでした(笑)迷子ですみません><】


それへのリプライ

【@kzmtnrbえ、それってもしや名前さんの彼氏さんですか?うらやまー】


うらやま?裏山?
あぁ、羨ましいってことか…。

それへの名字の返信




【ちっがいますよー!ただの友達(^O^)】






ああ、今思い出しても気分が沈むな…。もしや、名字も俺に気があるんじゃ…?って少しでも思ってた自分が恥ずかしい。名字にとって、俺は【ただの友達】でしかないのに…。





「タカ、」

いきなり親父が声を掛けてきた。おふくろはまだシュンと楽しそうに話していて、俺たちの事にはすっかり興味が薄れた様だった。


「何があったかは知らんが、男は簡単に諦めたらいかん。…いや、女も諦めたらいかん。どんなにかっこ悪くても、藁にすがっても、結果が良ければソイツの勝ちだ。わかるか?」
「ああ、…」
「よく継続は力なりって言うよな。あれはまさにそうだ。続けることでしか得られないものなんて山程ある。でも、世の中には、意地でも続けた方がいいものと綺麗サッパリやめてしまった方がいいものと二つあると俺は思う」
「やめてしまった方がいいもの…?」
「つまりな、何でもかんでも続ければいいってもんじゃない。たしかに、得られるものはあるが、これからの人生の助けになるとは限らない。自分のためにならないものなら、今すぐにやめてみるのもいい。そして、そのやめて空いた時間を他の有意義な継続のために使うんだ」
「…それは、俺に名字を諦めろって言ってんの…?」
「隆也がそうした方がいいと思うんなら、俺は何も言わない」
「………」


俺が黙り込んでいると、いきなりシュンが、あ!と叫んでテレビのチャンネルを変えた。「今日のMステのゲストすごいんだって!」とか言ってるシュンを見てると、中坊はお気楽でいいな、なんて思った。親父も「おっ、福山雅治が出るのか!お父さん、福山好きなんだよなあー」なんて言って笑ってる。…この家で鬱なのは俺だけか。





もうMステに夢中だと思っていた親父が、俺に最後に言った。


「好きなのをやめるのもいいけど、まずはそのウジウジをやめるんだな」



痛い所を突かれた。何か言い返そうとしたが、親父を含め俺以外の三人はテレビの周りに座ってMステに夢中だった。









阿部親子の恋愛教室-四限目-


(俺は明日、新たなショックがやってくることも知らずに、グローブを磨いて寝たのだった)