ついにきた。名字と映画。親父の変な助言は忘れて、俺が考えに考えて出したプラン通りにやろうと思ったのに、しょっぱなから計画破綻。何も悟られまいと選んだミーハーなアクション映画が満席というアクシデントが起こった。畜生。俺が何をした!代わりに、これまたミーハーなホラー映画を見ることになった。まあ、ラブストーリーとかよりはマシだったけど…。



『?だれか…誰かそこにいるの?……気のせいよね』


暗いシアターの中、スクリーンの僅かな光で名字の横顔がうっすらと見える。見とれそうで、思わず顔を前に戻した。今日の名字は、ぶっちゃけいつもより可愛い。二割り増し。サロッペに淡いピンクのパーカー、ウエスタンブーツに斜めに掛けている飴を象った鞄。待ち合わせの駅で見つけた時は、どうしようかと思った。俺、今日ちゃんと喋れるかな、って。案の定、話しかけた時の俺は相当テンパってたはず…。


つんつん。肩を叩かれる。名字が、小声で俺の名前を呼んだ。

(…阿部、…)
(どした?)
(わたし…ホラーダメなんだけどどうしよう…!)
(はあ!?ダメって…じゃあなんでチケット買う前に言わなかったんだよ!)
(ホラー見たの結構前だったから、平気になってるかなーと思って…)
(結構前って?)
(三ヵ月前…千代ちゃんと…)
(三ヵ月で変わるかよ!)
(どうしよう怖いよ〜!絶対あれ何かいるよ〜。主人公気付いてよ〜)
(じゃあ、出る?)
(…出ない。お金勿体ない)
(じゃあ見れるのかよ?)
(が、頑張れば…)

はあ。あきれるぜ。もう計画破綻しまくり。


(わっ、ぎゃ、やだっ)

名字が俺の袖を両手で掴む。目を瞑りながら、チラチラとスクリーンを盗み見ながら怯えている。…な、何このラブコメ!ちょ、やばい。なんかブルブルきた!緊張とか色々!肩に髪の毛触ってる!近い!近い!親父が言いたかったのは、こういう時のことなのか…。よくわからないが、とりあえず今俺の頭の中はホラー映画というよりラブストーリー仕様なのは言うまでもない。





   ;・○o・;○;・o○・;
   ○o・..・*・..・o○





映画も終わり、席を立つ。

「あー怖かったー。やばかったよまじで」
「ほんと、苦手なら苦手って最初に言えよなー」
「あ、わたしジュースのゴミ捨てて来る!はい、阿部のも」

そう言うと、俺の持っていた空のコップを奪い、小走りで駆けていった。それでごまかしたつもりなのか。…はあ。こんなはずじゃなかった。もっと普通になるはずだった。もっと、ミーハーな感想とかを言い合うかんじになるはずだった。

少し遠くで、ゴミを捨て終えた名字がきょろきょろとしている。こんな狭い範囲で迷子になるなよな…。


「おい、こっち…」
そう言って名字の手を引く。

「あ、いたー」
「いたーじゃねーよ。めっちゃ近くにいたわ」
「しょーがないしょーがない!」

あははっと名字は笑い、なぜか凄く自然に手を繋いできた。ぎょっとして名字の方を見ても、「わたし昔から方向音痴でさー。この前も反対方向のバス乗っちゃってー」なんて普通に話している。え、何これ。なんのドッキリ?



名字が見たいと言ったので、売店に。この繋がれている手の意味を必死に考えている間、名字はポケモン映画のグッズを見ていて、可愛い〜とか言いながら結局ピカチュウと緑色の変なポケモンのシャーペンを一つずつ買った。会計の時、いとも簡単に手を離され、シャーペン二本が入った袋を持って戻ってくると、またもや、いとも簡単に手を繋がれた。わけがわからない。


悶々としたままミスド。フレンチクルーラーを食べながら、さっき買ったばかりのシャーペンを見ている名字を尻目に、俺は自分の掌をじっと見つめる。先程起こった今日最大のアクシデントについて考えてみる。あれは何だったのか…。ラブコメ的には、あまりに不自然なタイミングではなかったか。それに、その後の名字の話も実に馬鹿らしい話だった。それらしい要素はひとつもない。そして俺の導き出した結論はこれ。

『ただ迷子にならないためだけに手を繋いでいた』
(実に思考が幼稚な名字だけに適用)


これだ。これに違いない!案の定、人の通りが多い駅前からまたごく自然に手を握ってきた。しかし、またしてもアクシデント。電車を降り、住宅街に入っても、名字はいっこうに手を離そうとしないのだ。さっきの俺の推理は間違っていたのか…?謎は解かれぬまま、名字の家へと着いた。初めて来たが、三橋の家の近くらしいということがわかった。


「じゃあ、今日はありがと。なんか、阿部と映画なんて初めてだったけど、案外楽しかった!」
「ほんとかよ。目、瞑ってろくに映画見てなかったくせに」
「いやいや、音声で充分満喫できたから!」
「なんじゃそりゃ」

思わず笑いが出る。

「あ、そだ」
名字が鞄からゴソゴソとシャーペンを一本取り出した。

「はい!今日のお礼!シェイミのシャーペン!」

あの緑色のやつ、そんな名前だったのか…。


「サンキュ」
「いえいえー。じゃあ、また誘ってね!」
「ホラー映画以外でな」

じゃあ、また学校でー!と笑いながら名字が家へと入っていった。何もかもが最初の計画と違ったが、これはこれで結果オーライってとこかな。絶対、今日のことを親父に言うのはやめておこう。








阿部親子の恋愛教室-課外授業-


(シャーペンを使っていると、わーそれシェイミじゃーん!なんで阿部が持ってんのー?と水谷に言われ、なんでおまえは名前知ってんだ…とか色々ムカついたので一蹴しておいた)