あれからちょうど一週間後。同じクイズ番組をつけて、スポーツ雑誌を読んでいると親父がやってきた。


「どうだ、タカ。ちゃんとやったか?」

くそ。忘れてなかったか…。

「あぁ…まあ…」
「なーんだ、どうした。誘いを断られでもしたか?」
「いや、そういうんじゃないけど…。一日目にさ、いつもと違う、変だよ、って言われてさ…」


そう、あの親父の変な恋愛レクチャーを受けた翌日、俺は律義にプラン通り生活を送った。


「わっ、どうしよう!現国の教科書忘れた!」
(ったく、おまえはいつもアホだなー)
「ほい。俺の貸してやるよ」
「え?じゃあ阿部は?」
「俺、どーせ寝るから」
「そっか…。ありがとう!」


「あっそうだ。ねぇー阿部ー。一緒に職員室ついてきて!お願い!先生にプリント運べって言われててさ!」
(はー?やだよめんどい…)
「おう。じゃ、行くか」
「え…あ、うん、行こう行こう!もうすぐ休み時間終わっちゃうもんね」


これがその日の会話の一部始終。
( )の中が、いつもの俺が言いそうな台詞。
俺、めちゃくちゃ名字に優しくしたと思わない?頑張ったと思うだろ?だけど、名字が帰り際に言った言葉はこうだ。

「なんか、今日の阿部変だった!どうしたの?なんか悪いクスリでも飲んだ?」



飲むか!そんなもん!どんだけ俺が恥ずかしさを堪えて……。



「そうか…。でも、逆に考えてみろ。おまえだって、相手の態度が急に変わったら同じことを言うかもしれないぞ?」
「まあ…それは一理あるけど…」
「いいか?恋愛じゃなくても、色々な場面に当てはまることなんだが、そういうのはすぐに結果が出るもんじゃないんだ。野球だって、一日死に物狂いで練習したって、次の日の試合で活躍できるとは限んないだろ?」
「まあ、無理な話だな」
「それと一緒さ。だけど、自分やまわりの奴の中に何か爪痕を残すことはできるんだ。で?なんて言ってデートに誘ったんだ?」
「なんてって…、ただ普通に映画見に行こうって誘っただけだよ」



辛抱しながら優しく接するように心がけた日から三日後。

俺は部活に、名字は家に帰ろうとしている時だった。ほんのりとオレンジ色に染まった教室。俺たちの他に、五、六人のクラスのやつがいた。

「あっ、そうだ名字ー」

散々、いつ切り出そうか迷っていたのに、今思い出した!みたいな風に鞄を肩に掛けながら言う。俺も意外と演技派。

「んー?何?」

名字がこちらを向く。逆光で淡い光に包まれているみたいに見えて、見とれてしまいそうで焦った。

「あのさ、来週の日曜って空いてるか?」
「来週?…うーん、たしか暇ー!」
「じゃあさ、映画見に行かね?」
「あ、いいよー。で?メンバーは?」
「俺とおまえの二人」
「へ?阿部とわたしだけ?そっか…、じゃあ、また時間とかメールして決めよ!」

やべー。焦った。今の“間”が怖かった。二人だけで出かけるなんて初めてだし、拒否られるかもって思ってたから余計に…。

「おぅ…」
「うん。じゃあまたねー。部活おつー」
「おー、またなー」


その後、どっと溜め息が出て、一気に緊張の糸が切れたことは秘密。

「そうか…。いつ行くんだ?」
「…今度の土曜」

親父は、それを聞くと、ふん…とか、んー…とか訳の分からないことを呻きながら考え出した。



「…手を繋げたら最高だな」

目を閉じて、一人でうんうん言っている。

「はあ!?手って…何言ってんだよ。そんな仲じゃねーよ」
「まあまあ。そういう仲になれたら100点だ、って話よ」

親父は、どっこらしょ、と言って立ち上がった。去り際に一言。


「いやらしさは捨てろ!何事も爽やかに!」



親父は、一体俺に何を教えたいのだろう…。呆れて声も出ない。









阿部親子の恋愛教室-二限目-


(息子に恋愛のアドバイスをするような親父だったか…?)