悲劇は、俺がテレビでつまらないクイズ番組を見ている時に起こった。 「おい、隆也」 図体のでかい親父がどっしりと隣りに腰を下ろした。 「おまえ、今好きな子がいるのか」 「は?」 突然何を言ってんだ、この親父は…。 「これ…」 そう言って、俺の前に一枚の写真を差し出した。 「なっ、これ…なんでっ…」 慌てる俺。その写真は、この前行った、宿泊学習の時のクラス写真だった。 「いやなー?ちょっとハサミ借りようと思っておまえの部屋入ったら、机のとこに、大事そーに置いてあってよ」 「べつに…大事そうになんて」 くそっ。勝手に人の部屋入るなよな。 「…で、どれなんだ?おまえの好きな子は」 写真をずいずいと押して聞いてくる親父。なぜそこまで知りたい…。俺が無視していると、とうとう親父の方からクイズが始まった。 「この子か?」 篠岡を指す。 「ちげーよ」 「じゃあこの子か?」 名字を指す。 「…ちげーよ」 くっ。まずった。今のバレた…。 「そうかこの子かあー」 変ににやにやしてこっちを見てくる。やめろ、そんな顔で見てくんな! 「ちげーよ」 親父が気付いたのは、“クラス写真まで”だ。それなら…、まだごまかしがきく…。 「…そうか。違うのか…」 しめた! 「おー、ちげーよ」 「じゃあこれはなんだ?この写真の奥にあったんだが…」 俺の顔の前でピラピラと見せつけてきやがる…。初めからわかってたのかよ!くそっ。やられた!そんな思いで写真を見た。名字が、俺と腕を組んで満遍の笑みでピースしてる写真。あの時は、一緒に来ていた写真屋のおっさんが「撮ってあげる」とか言って、そしたら名字が超喜んでできた代物だ。なんで腕を絡ませるんだよ!と思って、やめろよ!とは言ってみたものの、名字のいーじゃん、いーじゃん!で片付けられた。この写真は、映ってるやつ(俺と名字と篠岡と水谷)だけに配られたものだ。 「…それわかってて、さっきクラスのやつ聞いたんだ?」 「ん?まあな。おまえ、どんな反応するかなと思って」 「性格わりぃ…」 「お互い様だ!はははははっ」 俺は別に性格悪くねぇよ! 「ええと、なんだ…。あれなのか?もう付き合ってんのか?」 「…べつに」 「そうか、隆也の片思いか!わははっ」 わははっ、っじゃねーよ! 「可愛いのか?この子」 「…べつに。普通だよ」 子供の恋路に首を突っ込む親なんているんだな…。高校生にもなって。 「この子な、昔の母さんに似てるんだよなー」 「おふくろにー?」 「ああ、だから大人になったらあんな風になってるかもな」 親父は、キッチンで皿を洗ってるおふくろを見た。俺もチラッと見る。 「(ありえないありえない)名字のほうが何百倍もいい…」 「はははっ!そうかそうか!ゾッコンだな!」 ゾッコン?死語だろ! 「おまえ、どうせこの子に冷たくあたってるんだろ?」 親父が、やれやれ…みたいな顔して聞いてきた。余計なお世話だ。 「…べつに」 「おまえ、一日だけその子にめちゃくちゃ優しくしてみろ。な?」 「はあ?」 「そんで、その三日後くらいにデートに誘え」 「はあ!?なんでだよ!」 「いーからいーから!いいか?一日だけ、怒ったり冷たくせずに優しくするんだぞ?次の日からはいつも通りでいいからな。そんで、三日後だぞ」 なんなんだ今日の親父…。 「なんだよそれ…」 すると、親父は腰を浮かして、俺の耳元でこう言った。 「経験者の言うことは聞くもんだ」 「なっ…」 まさか…、おふくろともそれで…。いくら似てる(俺は認めてねぇけど)からって…。でも、試してみる価値はあるかもな…。俺が一日優しくできるかが問題だけど。 「また結果聞くからな!」 そう言って、親父は自室へと帰っていった。ほんとに、一体何だったんだ…? 阿部親子の恋愛教室-一限目-(まさか名字が……ありえないありえない…) |