「ねえー、阿部と名字って付き合ってんの?」



朝練を済ませ教室に入ると、俺よりも先に部室を出た水谷が俺の席までやってきて聞いた。


「弁当も一緒に食べるようになったしさ、こないだなんて、腕組んで歩いてたの見たんだかんね!」


「いや、付き合ってない」

いや、付き合ってる。正確に言うと、付き合ってるけどまだ彼女じゃない。名字が俺を彼氏にしたいと思わない限り、俺は名字の彼氏じゃない。自分でも、往生際の悪いことをしたと思う。だけど同時に、言って良かったとも思う。



「スキンシップでのボディタッチは全然OK!でも、ぎゅーとかちゅーは駄目!もし阿部を彼氏にしたいと思ったら、ちゃんと伝えるから、それまで待っててね!」

これが名字とのルール。だから、俺は名字に一回も手を出してない。水谷が腕を組んでたって言ってたけど、あれは名字からだし、ぎゅーでもちゅーでもないスキンシップ上のボディタッチだからノーカン。付き合い始めてわかったことは、名字はすぐ人肌が恋しくなるってこと。ぎゅーは駄目とか言うのに、手を繋いだり腕を組むのはいいんだ?ま、俺は得してるからいいんだけど。他の男友達にやられたらたまったものじゃない。しかし、まだそんな場面は一回も見かけてない。良いことだ。


あれから、名字を振り向かせるためにしてること。それは自分に素直になること。ほんとは、いっつも優しくできりゃあ一番いいんだけど、俺の性格上それは難しい。名字にも「いつも優しかったらそれは阿部じゃないよ」と言われたので(あれ?俺けなされてね?)却下。楽しい時は楽しいって言って、嬉しい時は嬉しいって言って、悲しい時は悲しいって言って、嫌な時は嫌って言って、可愛い時は可愛いって言って、好きな時は好きって言うようにしている。俺の等身大の気持ちが、名字に伝わるといい。ぜんぶぜんぶ、伝わるといい。




「えー、ほんとー?…あれ、机にまた青い付箋貼ってある。よく阿部の机に貼ってあるよね。阿部ってそんな勉強熱心だった?」


水谷が見つめる先には、たしかに青い付箋がある。きっと名字からだ。名字はこの付箋でのやり取りを大層気に入ったらしく、あれから手紙交換のように書いては相手の机に貼り、書いては貼るを繰り返している。昨日帰る時には無かったから、多分今朝名字が貼ったのだろう。それを机から剥がして名字からのメッセージに目を通した。俺は思わず叫びだしそうなのを我慢して、小さく胸の前でガッツポーズをした。



『私のぜんぶ、阿部にあげるよ。彼氏さん』





「どうしたの?阿部って、名字の話するとすぐおかしくなるよなあ…」

「水谷」

「ん?」

「名字、俺の彼女になった」

たった今。









「えええぇぇ!?」
水谷の叫び声が教室に響いた。



阿部親子の恋愛教室-居残り-





阿部隆也 100点
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