「あーべー!はーないー!」 昼休み、花井と弁当を食っていたら、水谷が慌てた様子で走ってきた。あれ、デジャブ…?というか、今まで弁当ほったらかしでどこ行ってたんだ。 「やっばい!やっばい!」 「またかよ」 「速報だよ!望月フラれたって!」 ガタンッ 「…やっぱり阿部はイスから落ちると思った…」 「よしもと新喜劇かよ」 「い、いいから続けろ…」 「なんか、『今、彼氏にしたいと思うような人はいないので…』って断ったらしいよ」 ガタガタンッ 「……ここまで来ると阿部もよくやるよねー…」 水谷が何と言おうと知ったものか。俺は起き上がってイスに座り直した。まず頭の中を整理しよう。望月がフラれて?彼氏はいらない?……何それ俺ぜってえフラれるじゃん!俺の死亡フラグ立ってるじゃん!ビンビンじゃん! 「おーい阿部ー。どしたー。白目だぞー。つか名字さん来てんぞー」 「…え!?」 すぐに頭を切り替えて横を見ると確かに名字が立っていた。そして、ハイ。と青い付箋を渡される。名字はそのまま教室を出ていってしまった。俺は付箋を見た。やはり文字が書いてある。『昨日のところに今から来てください。』……え?え!?うっそ、まさか今から返事!?だよなあ!名字教室出てったしなあ!え、ちょ、こんなに早いと思ってなかった。やっべー。落ち着け、落ち着くんだ俺。リラックス、リラックス…。 「…サードランナアアアア!」 「え!?阿部どうしたの?」 「リラックスしたいんじゃね?」 よし。サードランナー効果はあったのかわからないが、俺は食べかけの弁当を放置して昨日俺が告白したA―1教室へと向かった。 ;・○o・;○;・o○・; ○o・..・*・..・o○ 空き教室に行くと、名字は窓を開けて外を見ていた。風に揺れる名字の髪を見て、俺はやっぱり名字のことが好きだなあ、なんてマヌケなことを思った。これからフラれるというのに。 「名字…」 「あ、ごめん。気付かなかった」 名字は窓を閉め、こちらに向き直った。 「返事、考えたんだけど…。上手くまとまらなくて…」 「うん、いいよ。名字が思ったこと全部聞くから」 「…やっぱり、私の中で阿部は友達っていうイメージがあって、彼氏になるっていう想像がどうしてもできなくて…ごめん」 「そっか…」 ああ、フラれた。わかってたことだけど。告白する前から、告白した時から、望月がフラれた時から、わかってたことだけど。肺がすごく重たくて、思わず前のめりになりそうな体を必死に支える。やっぱり、急になんかやったって(優しくしたり、映画に連れてったり)駄目なんだ。今まで蓄積してきた名字の中での“阿部隆也像”をいきなりプラスにはできないんだ。 「…阿部と映画に行った時、私が迷子になって手を繋いでもらったよね?私、男子と二人で出掛けたのなんて初めてで、友達と出掛ける時はいつも当たり前のようにしてたけど、よく考えたら阿部相手にあれっておかしかったよね。阿部が、こうやって私のこと思ってくれてるなら、尚更悪いことしちゃったよね。ごめんね。でもね、誰でも良かったわけじゃないよ。阿部だから、そういうことできたんだと思うの。私の中で阿部は特別で、信頼してるし、一緒にいると安心できるというか、だから…」 「…それは、俺のこと好きってことじゃねーの…?」 名字は苦しそうに話した。そんなの、全然俺は怒ってねーから。だから、謝らなくていーから。でも、名字の顔を見てたら、なぜだか全然声にならなかった。なのに、名字を慰める言葉も掛けず、俺は自分のことだけをぽつりと言った。やっぱり、俺の人格はいいもんじゃねーな。 「っ……わかん、ない」 「……」 「多分、私の知ってる男子の中では一番好き。だけど、この気持ちが阿部と同じ好きか自信ない…。もし違ったら、阿部を悲しませると思うし……」 「それでもいい!」 「えっ?」 『すぐに結果が出るもんじゃない』 『いやらしさは捨てろ!何事も爽やかに!』 『男は簡単に諦めたらいかん』 『どんなにかっこ悪くても、藁にすがっても、結果が良ければソイツの勝ちだ』 『世の中には、意地でも続けた方がいいものと綺麗サッパリやめてしまった方がいいものと二つあると俺は思う』 『お前はどっしりと目の前で構えててやればいい。どんな球でも、受け止めてやればいい』 『若いうちは、なりふり構わずにがむしゃらにやるのが一番!』 『なんてったって、お前が考えて行動したことが直接周りの奴等の“お前像”を作ってるんだからな』 『周りを気にする前に、まずは自分の思いに素直になってみろ!』 親父に言われた言葉が、頭の中に次々と浮かんできた。俺は名字の手を掴み、次第に温かくなっていくのがわかった。それは俺の手か?それとも名字? 「名字が俺のことをそう思ってくれてんならそれはすっげ嬉しい。…俺に、チャンスくんねーかな」 「チャンス?」 「名字が嫌だと思わないなら、俺と付き合ってほしい」 「えっ、でも、それは…」 「付き合って、恋人らしいことをしたいわけじゃないんだ。ただ、名字を振り向かせる。俺のこと友達だって思えないほど、俺のこと好きって思わせる。その努力をする時間をほしいんだ」 「…阿部は、それでいいの…?」 「いい。それでも駄目な時は、スッパリ嫌って言ってくれ。すぐに諦めっから」 他の奴等とは別に好きなのに、それが友達としてなのか異性としてなのかわからないって言われて、はいそうですかって簡単に諦められるほど俺は優等生じゃない。だから、もうちょっとだけ、俺に時間をくれよ。どんだけ小さいプラスの塊でもいいから集めて、名字の中の“阿部隆也像”をマイナスからプラスに変えてやるからさ。 「なんで、そこまで…」 名字が俺の諦めの悪さに驚いて言った。しつこくて引かれたのかと思ったが、名字は純粋に疑問に思っているようだった。俺は素直に答えた。 「だって俺、名字のことめちゃくちゃ好きだから」 それを聞いた名字は、誰が見てもわかるくらいに真っ赤な顔をしていた。笑ってやろうと思ったら、「こんな阿部だったら、私すぐに好きになっちゃいそうだな」なんて真っ赤な顔をしたまま笑うので、俺は笑うどころか顔を赤らめて黙るしかなかった。 名字名前の中の“阿部隆也像”にまたひとつ、プラスが溜まったみたいだ。 俺の中の“名字名前像”にも、ひとつ。 阿部親子の恋愛教室-七限目-(なあ、親父。俺の出来は百点ではなかったけど、中々の生徒だったろ?) (もう好きになっちゃったって言ったら、阿部は怒る?) |