俺は望月とかいうイケメンが明日名字にコクるという話を聞いて、先手を打った。別に、望月に勝ちたいと思ってるわけじゃない。名字も俺のことが好きで、告白したら付き合えると思っているわけでもない。ただ、これは俺の意地。もし名字が明日、望月の告白をOKしたとしても、その前に伝えておきたい。俺はおまえが好きだ、って。







「わりぃな、名字。手間かけさせちまって」
「いいよいいよ!阿部こそ今から部活なのに大丈夫?」
「ああ、そんな時間かかんねえから…」
「そっか。で?内緒話というのは?」


空き教室に二人きり。こんな風に呼び出せば名字も気付いてくれると思ったんだが、まだ内緒話とかとんちんかんな事を言ってるみたいだ。ベタに体育館裏とかに呼び出さなきゃ、コイツはわかんねえのか…?


「内緒話っつー程でもないけど…」
「うんうん」
「俺、名字が好きだ」
「うんうん」
「付き合ってほしい」
「うんう……え?今なんて?」


漫画みたいなドジをかますものだから、俺は目をパチクリさせている名字にもう一度恥ずかしい台詞を言うはめになった。


「俺は名字が好きだ。だから、付き合ってほしい」
「…ま、まじで…?」
「まじで。おまえは俺のこと友達としか思ってないのかもしれねーけど、俺は違うから」
「………」
「じゃ、考えといて。返事はいつでもいいから」


俺はその場で名字からの否定を聞きたくなかったので、卑怯だとは思いながら名字を一人残して教室を後にした。







   ;・○o・;○;・o○・;
   ○o・..・*・..・o○








「…ハア」

さっきからため息の繰り返し。足の爪を切ろうと爪切りと新聞紙を用意したのに、全然できない。気付いたらため息。その繰り返し。耐えかねたシュンが「お父さーん、兄ちゃんが爪切り使い終わってくれないー!俺も使いたいのにい」と親父を呼んできた。すると、風呂上がりの親父がパピコを咥えながらやってきた。いくつだよ…。


「シュンもパピコでも食って待ってろ」
「はーい。…あ、たしかガリガリ君のマンゴー味あったよな。それたーべよ」


シュンはスキップするかのような陽気さでキッチンへと向かい、親父は未だに上の空で爪切り作業が進まない俺の横に腰を下ろした。


「なんだどうした。らしくないじゃないか」

“らしくない”
たしか花井にもそんな様なことを言われたな。



「“俺らしい”って何…?」

今思うと、随分思春期な質問をしたと思う。こんなの、親に聞くことか?でも、親父は真剣に答えてくれた。


「隆也、おまえはキャッチャーだろ?」
「ああ、」
「キャッチャーはどんな役目だ?」
「…キャッチャーは、グラウンドが全て見えるから全体を見て試合の流れを読んだり、野手に指示出したり、試合の展開見て作戦考えたり、あ、あとはピッチャーに配球の指示を…」
「隆也、もっと根本的なことだ」
「え?」
「おまえはキャッチャーだ。じゃあ、一番に何をしたらいい?」
「……ボールを…捕る、…ピッチャーが投げたボールを捕る」
「そうだ。ピッチャーの球を捕ってやるのはキャッチャーだ。野手が捕るのは打球にすぎない。ピッチャーから直接捕るのはキャッチャーだ。じゃあ、隆也。ピッチャーがワイルドピッチをしたらどう対応する?」
「そりゃあ、まず捕ろうとして…」
「そう。キャッチャーは捕るのが仕事。どんな球にも食らい付いて捕ろうとするだろう?」
「だって、それがキャッチャーだろ」
「そうだな。じゃあ、そのままそれがお前なんじゃないのか?」
「えっ…」
「やる事やったなら、後はどんな球が来るかを待つことだ。お前はどっしりと目の前で構えててやればいい。どんな球でも、受け止めてやればいい」



親父の言う通りかもしれない。後は、名字の返事を待つしかない。今俺が何か思ったところで、名字には伝わらない。名字の返事は変わらない。なら俺は、俺でいればいい。それだけの話だ。普段の俺でいればいい。


「隆也、お前さっき“お前らしさ”ってなんなのかって聞いたよな?」
「あぁ、そんな中坊みたいな質問忘れてくれていいよ」
「俺が思うに、お前がお前らしさを正確に把握できることなんてないんじゃないか?全て断片的にしかわからないからな。お前、自分の顔見たことないだろ?」
「はあ?あるし」
「直接か?」
「…いや、鏡で。だって、足とか腕とか、あと辛うじて唇とか舌とかしか直接見えないじゃん」
「その通り。でもな、鏡っていうのは実際のお前をそのままは映さないらしいんだ。光の屈折の関係とかなのかは父さんもよく知らないんだが…。だから、今こうして俺が見てるお前と、鏡に映ったお前では印象が違うこともあるって話だ。ここまではわかるか?」
「…なんとなくは」
「“らしさ”ってのも同じだ。お前らしさは周りの奴等にしかわからない。お前がいくら自分らしさを見つけたと思っても、そんなのは所詮“多分こんなんが自分”ってなものにしかならない」
「じゃあ、俺は一生俺らしさがわかんないって事?」
「隆也は、自分が周りにどう思われてるのか知りたいのか?」
「…っ…べ、べつにそんなんじゃねーけど…」
「じゃあ、いいじゃないか!若いうちは、なりふり構わずにがむしゃらにやるのが一番!」


親父はそう言って立ち上がると、空になったパピコをごみ箱に捨て、寝室へと向かおうとした。もう寝るのか。早いな。親父がおやすみと言った後、最後にこう言った。



「それでも気になるなら、お前が思ったことをやってみろ。なんてったって、お前が考えて行動したことが直接周りの奴等の“お前像”を作ってるんだからな。周りを気にする前に、まずは自分の思いに素直になってみろ!な!」




俺が今までしてきたことが、全て詰まって“俺らしさ”になってるってことか。俺は、名字にどう思われてるんだろう?花井にどう思われてるんだろう?三橋にどう思われてるんだろう?他にもたくさんの奴等に。俺、あいつらにどう見られてんのかな。あいつらにどう見せてきたのかな。中学の時の学年主任が言ってた。『プラスの事一個はすごく小さくて増やすのが大変なのに、マイナスの事は一個だけで今までのプラスを全部マイナスにしてしまう』って。信頼をつくるのは地道で大変だが、壊れるのは一瞬だ。不良が万引きをしてもやっぱりお前だなで済むのに、優等生が万引きしたら大事になる。優等生が良い事したらやっぱり良い子ねで終わるのに、不良が同じ良い事をしたら大事件のように騒いで褒めたてる。世の中って、上手くできてねーなあ。





「…三橋へのうめぼし、一週間封印しよう……」









阿部親子の恋愛教室-六限目-


(シュンー、もう爪切り使い終わったぞー。お前が爪切った後、ついでに一緒に新聞紙片付けておいてくれ)
(えー、俺新聞紙の上じゃなくてティッシュの上で切るタイプなんだけどー)