「おはよー」 「名前!おはよ!ねー、あんた折原くんと付き合ってるって本当!?」 「…は?」 「折原くんがさっき男子に言ってて…」 「…はあああ!?」 ;・○o・;○;・o○・; ○o・..・*・..・o○ 不快な朝を終え、なんだかんだでもう昼である。私は、苛々しながらたまごやきを勢いよくフォークで刺してポイッと口へ運んだ。 「ねぇ、名前ー。なんで怒ってんのー?」 隣りのみーちゃんが体を寄せて聞いてきた。 「なんかイライラすんの!」 女子を追い払うために私と付き合うわけだから、人に言わないといけないのかもしれないけど…。なぜこんなにも苛つくのだろうか?やっぱり断ればよかった…。教室の左端で数人の男子とパンを食べている折原臨也を睨んだ。すると、向こうもこちらに気付いたようで、「にこっ」と効果音が付きそうなくらい爽やかな笑顔でひらひらと手を振ってきた。…あぁ、わかった。こういう彼自身から放たれるうざさが私をこんなにも苛々させるんだ。私が中指を立てて返すと、こちらに歩いてきた。面倒臭いことになりそうだと思った。 「ねぇ、名前。今日一緒に帰ろうよ」 昨日までは名字にさん付けだったのに、急に距離を縮めてきやがった。喋り方がわざとらしいのは、みんなに聞かせるため? 「…なんで」 「付き合ってるんだから当然だろう?つれないなあ」 ああ、面倒臭いことになった、と思った。すると、みーちゃんがこっそり聞いてきた。 「やっぱ付き合ってるんだ?さっきまで半信半疑だったんだ。顔が好みっていうのは聞いてたけど、まさか本当に好きだったとはねー」 ふむふむ、と一人で納得している彼女に、私はケロッと答えた。 「顔しか好きじゃないよ」 「え?」 「わーお。バッサリ!」 「向こうから告白されたわけだし、たとえ一部分でも好きなのは事実だから享受しただけ」 「じゃあ、俺の放課後の誘いももちろん享受してくれるんだよね?」 「………」 あまり一緒に帰ることは気が進まない。急にそんな堂々と彼氏彼女ごっこをしたいとは思わないし、第一何をされるかわかったもんじゃない。迷わず、男女間の危機というより、単に生命の危険を感じるわけだが…。思い悩んでいると、両肩を引き寄せられ、耳元で囁かれた。 「ケーキバイキング行く?」 …これは反則ではないだろうか。 ;・○o・;○;・o○・; ○o・..・*・..・o○ 放課後。学校からそんなに離れてもいない喫茶店に入り、折原くんと向かい合わせで座る。まじまじと見ると、やはり好みの顔だな、と思ってしまう。今にも吸い込まれそうな瞳、精悍さを際立たせる黒髪、そして、この爽やかさを生む口元。まあ、彼の場合、その爽やかさは取って貼り付けたようなものなのだが。 「何?そんなに見つめられると照れるなあ」 「…あぁ、ごめん。折原くんって卑猥な顔してるなあって」 「せめて色っぽいって言ってくれない?それとも、それは君なりの誘惑かな?」 「…断じて違います」 「ねえ、折原くんなんて他人行儀な呼び方してないで、臨也って呼びなよ。ね?」 「他人だもん」 顔を上げずに呟いた。 「ふーん。そんなこと言うんだ?じゃあ、目の前のものはお預けってことで」 口元を綻ばせ笑う折原くんを私は睨んだ。私の目の前には一皿に取れるだけ取った大量のケーキがある。ケーキが食べられないなんて、わざわざ放課後を折原くんのために潰した意味がない。本末転倒ではないか。 「この野郎、臨也…」 「使い方はどうあれ合格。さあ、たんとお食べ」 「いえーい!」 モンブランを頬張る私を見て、彼は微笑んだようだった。 「折原く…臨也くんは食べないの?」 「名前を見てる方がいい」 「…馬鹿じゃないの」 「ていうか、“臨也くん”?あはは、臨也くんだって、臨也くん!」 「え、だめ?」 「ううん、なんか青春っぽくていいね。こう…胸の奥の純粋な部分がウズウズする」 「…あっそ」 私はケーキを食べ、臨也くんはコーヒーを飲んだ。 「本当に食べないんだ?もしかして甘いもの嫌い?」 「嫌いじゃないよ。名前が食べさせてくれるっていうんなら今から何個でも食べるけど」 「死ね」 そんな話も交えつつ、臨也くんとの会話は楽しかった。次から次へと出てくる話に、臨也くんの情報量の多さが伺えて驚いた。悪く言えば、口が減らない奴だ。でも、案外いい人なんじゃないかと思ってしまう程には、その時の私は臨也くんとのやり取りが楽しかったらしい。 私は、ふと思ったことを口にした。 「ケーキバイキングにも連れていってもらったし、私のメリットは果たされた。これは、もう“お付き合いごっこ”は終わりでいいってこと?」 臨也くんは一瞬ぽかんとしたが、すぐにいつもの余裕な顔を取り繕った。 「まさか。名前さ、そんなに食べておいてよくそんなに冷たいことが言えるよね」 「いや、どれだけ食べてもバイキングだから値段変わらないし」 「一週間だ」 「え?」 「今日の分の働きね。それで一週間後、俺は君にとっての新たなメリットを用意してくる。その条件を君がメリットと思ったならまた一週間分“お付き合いごっこ”は続くし、もし君がメリットと思わないようだったら、ごっこ遊びはそこで終わりだ」 「…わかんないけどわかった」 饒舌な語りに圧倒されて、聞き逃した部分もあったものの、一週間は続くということと、自分は待っていればいいという最低限のことは読み取れた。しかし、そこまでして私を利用する価値があるのだろうか。私より可愛い子なんて五万といるし、昨日臨也くんが言った私をキャスティングした理由には“穴”があって、探せば反論点がたくさんある。どうして彼は、その中で私を選んだのだろうか? 「やっぱり君はシズちゃん並みの頭の持ち主のようだ」 臨也くんは頬杖をついて、まるで私を可哀相だとでも言いたげに溜め息をついた。 「シズちゃんて誰」 なんだか前にも同じ質問をしたような気がする。 「平和島静雄。名前も名前くらい聞いたことあるでしょ?なんたって彼、有名だから…うん?どうかした?」 「ううん、なんでも…。いつも臨也くんが喧嘩ばっかりしてる人でしょ」 臨也くんの前だと言うのに、平和島静雄と名前を聞いて胸が熱くなってしまった。臨也くんに悟られなくていくらか安心する。知られては厄介なことになりそうだ。 「シズちゃんてねー、体もそりゃもうロボみたいにすごいんだけど、頭の方もなんていうかすごいくらい酷くてねー」 …あれ?なんだかイライラしてきたぞ?それでも尚、臨也くんは自慢げに話し続けた。 「こっちの言葉がなーんにも伝わんないんだもん。困っちゃうよ。あの暴力も困るね。彼の周りには“破壊”が付いて回る。破壊。破壊。破壊。破壊ってね」 イライライラ 「どうせあんなんじゃ、過去にもなんか起こして周りから疎まれてただろうなぁ。近付かない方がいい、ってさ。ハハ、クハハハハッ。ひとりぼっちの暴力。誰にも触れてもらえない暴力。誰にも愛してもらえない暴力。なんて滑稽なんだ!そのまま孤独死でもしてくれたらよかったんだけどねぇ」 ブチッ グチャ 私の脳内で堪忍袋の緒が切れた音がなった直後、臨也くんの顔に私のショートケーキが生々しい音を立てて投げられた。 「……あっ、つい……うぅ…逃げる!」 しまった。やってしまった。あの折原臨也の顔を生クリームだらけにしてしまった。殺される。絶対に殺される。私は無我夢中で逃げた。お金を払わずに出てきたわけだから、きっとレジで会計を済ませてからしか追いかけてこれない。いくらなんでも、みすみす警察に追われるような食い逃げなんてことはしないだろう。しかし、相手は折原臨也である。簡単に逃げられるはずがない。でも、怖いのと減速してしまうという二つの理由で後ろを確認することができない。大通りを逃げていたらすぐに見つかってしまうと思い、右に折れて路地に入った。 ちょっと休んで隠れていようと歩き出した途端、誰かに肩を掴まれて、そのまま壁へと押しつけられた。打った背中が痛い。痛みで細めた目を開けると、そこにはいつもの貼り付いた笑みを浮かべた臨也くんがいた。 「あんなことして、どういうつもり?」 私はあんなに必死に走ってきたのに、臨也くんの額には一粒の汗だってなかった。増すばかりの恐怖心。 「ご、ごめん…つい、カッとなって…。本当に…その…ごめんなさい…」 でも、あんなに人の悪口を言うのはどうかと思うよ、なんて正論は彼には通じないだろう。 「俺を生クリームだらけにしといて、そんなんで許されると思ってるの?」 「っ…、ご、ごめんなさい!でも、私の臓器を売るのは勘弁してください…!」 「ハハハ、誰から聞いたのそんな噂」 情報元はみーちゃんなのだけれど、次の臨也くんの言葉に声を失った。 「名前ってさぁ、シズちゃんのこと好きだったんだあ?」 ぶんぶんと首を横に振る。 「ち、違う!」 「嘘つき」 頬を白く綺麗な指で撫でられる。ゾワッとした。 「そんなにびくつかないでよ。俺は質問してるだけ。名前はさぁ、俺のこと嫌い?だからケーキとか投げてくるのかな?」 臨也くんがにっこりと笑った。 「嫌い…じゃないよ」 好きでもないけど…なんてこと、今の状況で言えるわけがない。 「ふーん。俺も名前のこと嫌いじゃないよ。だから、生クリームまみれにしていい?」 「い、嫌です!」 「そんなこと言わずに、俺の部屋行こうよ。生クリームかけてぐっちょぐちょにしてあげるから」 「結構です!折原くんに処女を奪われるくらいなら、首なしライダーとでもやった方がマシ!」 「へー、首なしライダーを知ってるなんて名前も通だねえ。でもざーんねん。俺の推測が正しければ首なしライダーは女だよ。まあ、名前がガールズラブを突き進むってんなら、それはそれで興味あるけどね。というか、臨也くんって呼ぶんじゃなかったっけ?他人行儀はやめてよねー」 「だって他にっん…あっ」 私が言い終わらないうちに、臨也くんは私に口付けをした。「口付け」なんて綺麗なもんじゃなかったが。頬に添えていた手は頭の後ろにまわされて逃げられない。私は臨也くんの制服を掴み、さり気なく殴ったりしてみるがびくともしない。その間にも、臨也くんは口内に舌をねじ込んでくる。軽く強姦されてる気分だ。あぁ、女というものはなんて非力なんだろう…!と誰かさんみたいに人間を悟ったりしていたところ、臨也くんの動きが止まり、私の身体から少し離れた。 「後半は抵抗しなくなっちゃったけど、何?気持ち良くなっちゃった?」 「…そう思っとけば」 私は唇をゴシゴシと擦った。臨也くんはふふんと笑って踵を返した。 「いくら擦っても、一生消えないよ。事実はね。まぁ、新しい発見があったから、お仕置きはこのへんにしといてあげるよ。じゃあ、また後でメールするね」 臨也くんは振り向かずに腕だけ上げて手をヒラヒラと振った。相変わらず、ちょっとキザだ。 「……っていうか、アドレス教えた覚えないんだけど…!」 いざやくんの発見(君がケーキに夢中になってる間に、ね) (く、くそう…!やられた!) |