「ちょっと、名前もなんか喋りなよ」

先を歩く足を緩めずに、顔だけで振り返る。大きく首を横に振る彼女。

「むむむ無理!だって、今の人たち明らかに不良だったじゃん!臨也くん、あんな人たちと友達なの?」
「それは差別発言じゃない?俺だって不良だけどいい人だよ?」
「…臨也くんは不良でもないし、いい人でもないよ」
「相変わらず冷たいなぁ。せっかくの“あいさつまわり”なんだからお熱くいこうよ」
「それがまず意味がわかんない。友達に彼女ですって言ってまわるなんて…、別に結婚するわけじゃあるまいし」
「何を言ってるの、未来のお嫁さん」
「キモ」
「まぁ、冗談はこれぐらいにして」
「冗談にしては結構な小芝居だったね」
「そう言わないでよ。次の友人…知人は君にとってスペシャルゲストみたいなもんなんだからさ」

不思議そうにしている彼女を横目で見ながら、俺は軽快に階段を降りた。この後の彼女の反応が楽しみで仕方がない。一体、彼女はどうするだろうか。ワクワクしながら角を曲がると、お目当ての人物がいた。なんて奇遇なことだろう。



「シズちゃん」


俺に気付いたシズちゃんと、シズちゃんに気付いた名前の顔は同じようにぽかんとしていた。まあ、二人が驚いている理由はそれぞれ違うだろうけど。ふふん、計画通り。


「紹介するよ。俺の彼女の名字名前。君に興味があるようだから仲良くしてやってよ」

後半は、名前に対しての嫌味である。シズちゃんは相変わらず訝しげな顔をして、これは一体何の罠かと考えているようだった。一方、名前はというと、俺の嫌味を意にもかえさず、今まで見たことのないような可愛い顔をして隣りに立っていた。少しほてった頬に、胸の前で握られている両手。彼女の頭の中から俺という存在は消えているようだった。シズちゃんしか映ってない。

やはり予感は的中した。


「あの、えと、名字、名前です…」
「…おぉ」
「…あの!覚えてないと思うんですけど、昔不良に絡まれてたのを助けてもらって…その、…あの時から尊敬してます!」
「…えぁ?」
「あ、あ握手してください…!」

「「は?」」


俺とシズちゃんは同時に声をあげた。どうやら、俺の仮説は間違っていたらしい。彼女のシズちゃんへ向けられたものは恋愛感情ではなく、強い憧れに他ならなかった。つまりrespect。どうせ、名前に絡んでいたチンピラが単にムカついたからフルボッコにしただけの話だろう。現に、シズちゃんはそんなことあったっけか?というような顔をしている。二人の沈黙を困った顔で見つめていた名前が、遠慮気味に言う。

「あの…やっぱり駄目ですか?キモいですよね…」


俺が最も驚いたのは、彼の次の言葉だった。

「…おぉ!そんなの全然いいぜ」


シズちゃんのまさかの了承を合図に、手を取り合うふたり。どちらも照れていて、たどたどしい。正直、見ていて反吐が出そうだった。すかさず二人の間に割って入る。


「ちょっとシズちゃん、人の彼女に手出さないでよね」
「あぁ?ただ握手してるだけだ」
「そうだけど、まだ俺だってしてないんだからね!」
「おまえはもっと手が早いやつだと思ってたんだがな」
「やだなー、好きな子には奥手になっちゃうもんでしょ」
「え?こないだ強姦まがいのことされましたけど…!」
「名前ちゃんは黙ってて(にこっ)」
「…はい」
「じゃあ、シズちゃん、俺たち帰るね。ばいばい。あ、一応言っとくけど、名前のこと好きにならないでよねー」


後ろからシズちゃんの怒鳴り声がするけど無視。あーイライラする。とてつもなくイライラする。何故だ?何故こんなにも苛つく?シズちゃんに会っちゃったのに喧嘩しなかったからか?


「…臨也くん、なんか怒ってる?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃん」

名前がフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。今のは完全に八つ当たりだった。というか、イライラの原因はきっと名前なのだから、名前のせいだ。全部名前が悪いのだ。俺が嫉妬してるなんて、シズちゃんと仲良くしてほしくないと思ってるなんて(仲良くしてくれた方が絶対面白い事が起きるのに)。そんなの俺は信じない。下駄箱から靴を取り出す名前は、どこか怒っている。へー、シズちゃんの前では顔赤くしちゃって私、可愛い女の子です(はあと)みたいな顔するくせに、俺の前ではそんな仏頂面するんだ?…させたのは他でもない俺だけど。


「ごめん」

そう呟いて、シズちゃんと握手をした方の手を握ると、名前は少し驚いたような顔をしてから笑った。手にもっと力を込める。


「臨也くんてさ、意外とガキだよね」
「そういう名前は、意外と毒舌だよね」
「そうかもね」


にっこりと微笑んだ名前は、そっと手を握り返してくれた。



いざやくんの嫉妬


(たまにはこういうのも悪くない)