「みんなー、差し入れもらったよー!」

そう言ってみんなの居るベンチへ向かった。

「えっ、なになに、ポカリ?」
「おー、栄口さんきゅ」
「誰の親だ?お礼言わねえと」

口々に発言されるみんなの言葉を聞いていたが、最後の花井の言葉に、一瞬喉が詰まった。

「いや、親じゃなくて…」
「親じゃなくて?」
「あの、その、名字さん、から」

「えっ!今日名字さん来てんのー!?」
俺の発言に一番驚いていたのは水谷だ。名字さんと同じクラスだから、かな。

「名字さん…て、栄口の彼女の?」
「う、うん」

正面切って聞かれると、なんだか恥ずかしい。嬉しくもあるけど。

「あー、あのほのぼのカップルな」

巣山がめっそうもないことを言う。
たしかに、野球部のみんなはクリスマスに一緒に出掛けたから名字さんを知らないはずはないんだけど…。ほのぼの、してるかなあ?

「え、ふわふわカップルの間違いだろ」
「あー、でも名字さんていっつも焦ってるからアセアセカップルじゃない?」
「それ栄口関係ねーじゃん」

なんだか、いつのまにか何カップルかという話になってしまった。なんでだろ。え、俺らって普通の、どこにでもいる、恋人同士じゃないの?


「こいつらはヒヤヒヤカップルだよ」

突然後ろから声がして、振り向かなくてもわかったけど、やっぱりそこには阿部がいた。「ヒヤヒヤカップルって?」と泉が尋ねる。

「名字はいっつもあたふたしてるし、栄口も栄口でふわふわしてっし、見てるこっちがヒヤヒヤするっつーこと」

「あー、なるほど」と誰かが相槌を打った。何がなるほどなんだ。俺は、全然、わかんない。


「おーし、じゃあみんな名字さんにお礼言いに行くぞー」という花井の掛け声に、みんなぞろぞろと後に続いて行ってしまって、残ったのは俺と阿部だけ。


「…そんな睨むなよ」

阿部の一言で、我に帰った。

「え、睨んでた?俺」
「自覚無しかよ、こえー」

阿部がおどけてみせる。

「なに、まだ疑ってんの?」

“まだ”というのは、付き合い始めてすぐに阿部に報告も兼ねて本当に名字さんとは何もないのかと聞いたことがあるからだろう。その件に関しては、名字さんも、阿部も否定しているから疑ってはいない。ただ、普段女子としか喋らないような名字さんが、阿部だけには楽しそうに笑って、冗談を言って、むくれたりして、じゃれているのだ。二人の仲を疑っていなくても、彼氏としてはやきもきして当然だろう。

「疑ってなんかないよ、最初から。でも、一目瞭然じゃん。俺と、阿部と」
「そうか?あいつ、お前とも普通に話せるようになったじゃん」
「その余裕がムカツく」

俺は今度はしっかりと意識をして阿部を睨んだ。それでも阿部はまだ余裕綽々といった様子で、頭に登り始めていた血から毒気を抜かれたみたいになった。俺はため息をつく。そのため息をどのように受け取ったのか知らないが、阿部が「そんなに心配すんなよ」と言った。阿部が。あの。

「お前、あいつのすっげーだらしない顔見たことある?」
「なんだよ、無いよ。自慢?」
「違うって。あいつ、さっきそのだらしない顔してた」
「さっき?阿部、名字さんに会ったの?」
「落ち着けって。俺が話したいのはそこじゃなくてさ」
「いつもに増して意味わかんない」
「あいつがさ、なんでそんな顔するか知ってるか?」
「知らないよ」
「お前だよ」
「え?」

突然、阿部に真っ直ぐと見つめられる。え?何が?名字さんがだらしない顔をする原因が、俺?

「そう、お前」
「どういうこと?」
「お前だけなんだよ。名字に、あんななっさけないくらい嬉しそうな顔させられるの」
「え…」
「あいつが悩むのも、どもるのも、焦るのも、楽しいのも、嬉しいのも、全部栄口のことだからだよ」


そうなの?そうなの?なんでわかんの?阿部には、わかるの?なんで俺には、わかんないんだろう。


「だから、あんまりしょげんなよ」
「…しょげてないよ」
「そういう顔がしょげてるっつってんの」

阿部は冗談混じりに俺の小脇を突ついた。阿部の、こんな顔、見たことない。名字さんは、阿部にこんな顔もさせてあげられるんだ。同じ様に、俺も名字さんにこんな顔をさせてあげられてるのかな?自分では、全然、わかんない。


「ちょっと、不安、なのかも…」

本音を、少しだけこぼしてみた。普段の阿部になら、絶対言わない。

「大丈夫だって」

阿部はそう言って歩きだした。よく見れば、向こうの方でみんなが集まっている。もうすぐ、試合が始まるんだ。名字さんに、いいところ見せたいな。俺は阿部の後を追って歩きだした。


「あいつは、お前しか見えちゃいねーよ」


こっちがヒヤヒヤするくらいにな、と阿部が付け足した。