昼飯を食べようと弁当箱を取り出していると「阿部ー!」と呼ばれる声がして、振り向いてみると教室のドアのところに栄口が立っていた。めんどくせーな、と思いながら席を立つ。


「なんだよ」

「名字さんいない?」

振り返って教室を見渡すが、見当たらない。

「トイレかなんかだろ。さっきまで居たし」

「そっか。じゃあ、この数学のプリント渡しといてくれない?」

「プリント?」

「うん。昨日、名字さんがうちに置いてっちゃって」

「なに、おまえんち行ったんだ?」

「勉強会だよ」

「あ、そ。自分で渡せよそんなもん。どうせすぐ戻ってくるだろ」

「いや、ちょっと、それは…」

「はあ?」

「恥ずかしいっていうか…」

「…………ああ、わかった」

「違う!違うよ、阿部!いかがわしいことじゃない!」

「何言ってんだよ。いかがわしくなんてねーよ。付き合ってりゃそういうこともあるだろ」

「違うんだってば!」

「じゃあ、どうしたよ」

「昨日名字さんが手作りのお菓子持ってきてくれて、名字さんお菓子作るんだ〜って夜に色々想像してたら、なんか、可愛いなって思って…会うの恥ずかしいなあって。…へへへ」

…あれ。なんかこのうざったさ感、この栄口のにやけ顔。どこかで見たような…。デジャヴ?


「…ああ、そっか。名字だ」

「ん?」

「お前、あいつと同じ顔してるよ。だらしない顔」

「えっ、本当!?えっへへ」

「喜んでんじゃねーよ、きもい」

「きもいってなんだよー!」

「しおらしくウジウジ悩んでた時のお前の方が可愛げがあったのによ」

「あぁ、あの時はお世話様でした…」

「で、何。あれは解決したわけ?」

「んーん。してない」

「はあ?してないのにお前、今そんななわけ?」

「解決してないけど、解決する問題じゃないってわかったし、解決云々言う前にやることあるだろって」

「へえ」

「今は難しいこと考えずに、いっぱい話して、お互いのことをもっとたくさん知ろうと思って。それだけで幸せだしね」

「ふーん、あっそ」

栄口の嘘みたいに幸せそうな顔を見て、なんだよ、やっぱりこいつら似た者同士じゃんって思った。お互いが自分の気持ちが伝わってないんじゃないかとか、相手の気持ちがわからないとか言っときながら、相手のこと考えるだけで幸せそうな笑顔しやがって。もうさ、これでいいんじゃねーの?これが、気持ちが伝わってるってことなんじゃねえの?


「阿部が羨ましいな」

「は?なんで?」

「名字さんを近くで見れて」

「あいつを見れるのがどういいのかわかんね」

「なんでー!可愛いでしょー!」

「あー、はいはい。わかったからバカはもう帰れ」

そう言って、栄口からプリントを取り上げて追い返した。シッシッ!近寄るなリア充どもめ。二人の気持ちばっか聞いて、こっちがムズムズしてくるっつの。そういうのは二人の世界だけでやってくれ。



「阿部?そんなところに突っ立ってどうしたの?」

タイミング良くも悪くも名字が現れる。もう少し早く来たら栄口に会えたのにな。こいつら、両思いのはずなのに、なんでかまだどっか片思いみたいなとこあるよな。まあ、そんな状態でも惚気具合がああなわけだから、これ以上お熱くなられても困るのだけど。

名字に顔を近づける。

「うおっ、どうしたの?」

「……俺、別にお前のこと可愛いとか思わないんだけど」

「ひどい!面と向かって…!」

「いいだろべつに。栄口に可愛いって思われてんなら」

「ま、まあ、そりゃあね?…んふふ、ふへへ」



やっぱり近寄るなリア充どもめ!