「ふああぁぁ」



「こら、水谷!あくびなんかしてないで早くしなよ!先に化学室行っちゃうよ」


水谷はむにゃむにゃしていた顔を引きつらせて、急いで教科書と筆箱を抱えながら走ってきた。四時間目は化学なので、化学室まで移動しなければいけない。文科省の方針で化学と物理、生物、技術、家庭科の授業時間がやたら増えた。なんでも、科学者が増えれば現状打破に願ったり叶ったり、農家を継ぐ人がいなくなったら大変だから後継者を増やしたいという下心丸見えの理由かららしい。まあ、科学が発達しないとこのままずっと日の光を浴びれない人生だろうし、ただでさえ困難な農業から手を引いてしまう農家も少なくない中、そういうのに興味がある若者がわんさか増えるっていうのはとってもいいと思う。まあ、どれだけ授業量を増やしたところで、うちの山田先生の授業で化学に興味がわく生徒が育つ可能性は………まあ、無きにしも非ず、ということにしておこう。山田先生の名誉のために。



「はーあ、私今やってるmol全然わかんない。千代は?」
「私もサッパリ…」
「だよねえ…」
「え、俺わかる」
「うっそ!花井まじで!?教えて!教えて!」
「あれ、でも花井って文系得意なんじゃなかった〜?」
「水谷と同意見」
「なんかmolだけわかんだよなー」
「スンバラシイ頭だね」



私はいつもだいたい千代、水谷、花井、阿部の五人でつるんでいる。私以外みんな野球部所属なわけで、こちとら健全な帰宅部としては少々放課後が寂しくなる思いだ。だから、たまーに練習覗いて千代の手伝いしたり。




「………」
「どうしたの?」
「…いやー、やっぱりまだ慣れないなあと思って」
「何に?」
「この鏡張りの壁」
「ああ、私もかも」
「少しの蛍光灯の光で明るくできるように鏡付けたんだろうけどさ、左見ても右見ても自分がいるとか、なんか気持ち悪いよね…」
「あはは!まあね」
「まっ、千代の可愛い顔がいつでも見れるからいいけどー?」
「もー、またそういうこと言うー」
「やった!千代ちゃんルート攻略!」
「攻略できてねえよ」
「阿部は黙っててよー。私さえ攻略できないんだから」
「っ…お前だって、俺も花井も水谷も攻略できてねえだろ!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
「しのーかの言う通りだぞ。そもそも攻略ってなんだ?」
「あら、お言葉ですが水谷はもう攻略済みですけど?」
「はあ!?」
「阿部うるさい。ねー!水谷ー!水谷はもう私のこと好きだよねー!」
「………」
「…水谷?」
「……廊下も鏡張りだったらいいのにね…」
「水谷!?……やばいコイツ自分の世界入ってエロいこと考えてんぞ!」
「え、何がえろ…?」
「もう!千代は純粋だなあ!床が鏡だったらスカートの中丸見えでしょ!」
「…あ……」
「水谷の好感度だだ下がりだね」
「な」
「な」
「ね」






どこぞの風俗店じゃあるまいし





「水谷キモ。近寄らないで」
「ごめんってばあ…!」