午前八時六分。

真っ暗な道に等間隔で並ぶ街灯。その灯と右手に持つ懐中電灯を頼りに、学校までの道のりを急ぐ。学校指定のハデハデしい蛍光色の上着を朝のそよ風に晒し、私は西浦高校の校門をくぐったのだった。





「あ、阿部おはよー」


昇降口に向かう途中で、蛍光ピンクの半袖を着て歩いている阿部に会った。だから、その色似合ってないっていつも言ってんじゃん。大きなエナメルを肩にかけているから、朝練終わりなのだろう。……なんで一人で歩いてるんだろう。他の野球部の人は?


「はよー」
「なんで阿部ぼっち?」
「モモカンと話があったからみんなには先に行ってもらったんだよ。ぼっちとか言うな」
「そりゃ失礼。あと、またピンク着てんだね」
「わりーかよ。別にお前に似合わねーって言われようが着てくることに俺は決めたんだ」
「ふーん?あ、見て見て!」


私は自分の上着のジッパーを下ろして、中に着ている阿部と同じ蛍光ピンクのTシャツをこれみよがしに見せた。


「なっ、おま、それ俺と一緒じゃねーか!」
「そだよ。似合うでしょ」
「………」
「…照れんなよ」
「…ごめん俺お前のこと」
「はやとちりすんな!私だって好きじゃないよ!」


阿部の頭をペシリと叩く。まったく、コイツのは冗談なのか本気なのかわかんないから嫌だ。頭を押さえながらニヤニヤ笑っている垂れ目を横目に、時計を確認したら八時十九分だった。やば!


「ほら、笑ってないで早く行くよ!」
「へいへい」






二年前、私たちの世界に朝が来なくなった。正確に言えば、太陽の光が届かなくなった。原因はオゾン層の向こう側に太陽光を遮断してしまう物質膜が形成されているからということらしい。詳しいことはよくわからないけど。ちょっと前は地球温暖化であーだこーだ騒いでたのに、そしたら今度は地球暗闇化(これは私が勝手に呼んでいる)ときたもんだ。


地球暗闇化(これは私が以外略)で一番の問題は電気の消費量だ。よく考えてみてほしい。本来、昼間は明るいから家の中でも電気を点けずに窓から入る日差しによって生活していた。当然、家の電気も街灯も点く夜の方が電気の消費量は多い。それが一日中続くんだ。世界は危機的な電力不足に陥った。新たな発電所を作ろうとしても、その工事自体に電気(主に照明だったり機械だったり)が必要なわけで工事は難航し、早期解決とはならなかった。それからは、ずーっと計画停電。二年経った今では、停電なんて無くなったけど、電力が豊富にあるわけじゃない。太陽が無くなった今、作物を育てるのだって困難で、人工ビニールハウスで太陽光の変わりに照明を当てて育てている農家がほとんどだ。国は農家に優先的に電力を提供している。まあ、食生活に関わることだしね。


そして、中学二年生で朝が来なくなったことを知らされ、まさかそんな厨二病みたいなことがあるのか…?「くっ…右目が疼く…!」とか言って別人格が出てきたりとか…?人類に光を取り戻すために邪神と闘うとか…?と一瞬でもそんな馬鹿なことを考えた私も、もう高校一年生である。西浦高校は私服校であるので、各々自分の好きな服を着てくる。でも、みんな蛍光色のものばかりだ。それもそのはず、今ファッション業界の八割くらいは全て夜でもハッキリ見える蛍光色の服なのだ。国から交通事故の防止のために国民はなるべく蛍光色の派手な服を着るようにという御達しがあった直後は、交通安全のおじさんなんかが着ているダサい黄色の上着くらいしかなかったのだが、さすがに今ではしっかりコーディネートが楽しめるくらいに蛍光色ファッションは発達している。






上履きに履き替えながら、阿部のがっしりとした肩幅を見る。うーん、これが同い年かあ。悠一郎は野球少年としては小柄な方だしなあ。


「今日は朝練やれたんだ」
「おう。シガポが掛け合ってくれたみてー」
「そうなんだ。よかったね」
「まあ、午後練は許されたけど、朝練は週に二回だとよ」
「そっか…野球部だけ可哀相」



真っ暗なグラウンドで練習を行うために、野球部はナイター用の照明を朝練でも午後練でも点けなくてはいけない。野球部が使っているグラウンドは他の部とも共有しているのだが、朝練をそこでやるのは野球部だけらしく、更には体育館の電気を全て点けるよりナイター用の照明は電気の消費量が多いので学校側も野球部の朝練について渋い顔をしているのだ。いくら学校で使える電力量が国から決められていて、それをオーバーしたらその分だけの追加料金を払わなきゃいけないからといって、野球部だけ朝練をするなというのはいささか納得のいかない話である。私は野球が好きというわけではないけれど、一応幼馴染みが四番をやっているものだから、結構頭にキテいる部類だろう。いくらなんでも理不尽過ぎる!



だから最近よく思うのだ。


私が太陽だったらいいのに





「また言ってんのかよ」
「うるさい」