「名前先輩!準さんがマネージャーの女の子と部活終わりのグラウンドでキスしてたって、テニス部の女の子が言ってたんすけど…!」








今朝の利央のチクリから七時間と四十八分経過。

私の第一声は「おいおい、なんじゃそりゃ」であった。高瀬準太は私の彼氏である。そのはずだ。身長もあるし顔もまあまあ整ってるし野球部のエースを務めているからなのか、女子の黄色い声を一身に受けている、男からしたらなんとも羨ましい存在だろう。しかし、なんという偶然か、それとも奇跡か、私は偏差値64の国立四大学へポンと受かるようなそんな信じられない成り行きで高瀬準太の彼女というものになった。(女子からは案の定疎まれたが…。)


あの爽やか王子こと高瀬準太と付き合ってみて思ったこと。(ファンの女子たちには怖くて言えないのだが…)べつにたいしたことない、というのが本音だ。ルックスやステータスがその通りなのは間違いないのだが、問題は性格である。話をちゃんと聞いていなかったり、相槌を打たなかったりすると「ねー、聞いてんの?なあ、なあ」と五月蠅いし、私がやらかしたドジを一日経っても三日経っても「あの時のお前の顔…ぶふっ」といつまでも思い出しては笑っているのだ。本当にめんどくさい。しつこい奴だ。高瀬準太のファンをやっている時は、まさかこんなに子供っぽい人だと思わなかった。むしろ、ファンだった頃に思い描いていた“大人っぽい高瀬準太”は付き合ってから一度もお会いしていない。きっといないのだ。私が恋い焦がれていた“大人っぽい高瀬準太”なんて。恋は盲目と言うし、私には見えないものが見えていたのだろう。うん。そうに違いない。





もう、私、疲れたよパトラッシュ………















「マネージャーとキスしたいんだったら、別れてあげてもいいよ」



部活に行く準太を引き止めた、誰もいない教室。
私の一言に、準太は目を丸くした。


「なっ、なんでそれ知って…」

「利央情報」

「…あいつか……」


あれは、マネージャーがいきなり…不可抗力で……、と言う準太を、私はいたずらがバレた子供が必死に言い訳をしているようにしか見えなかった。いや、これでは準太に失礼か。きっと準太は本当のことを私に言ってくれている。本当にマネージャーの女の子が一方的に準太のことが好きで、本当にいきなりキスをされて、本当に準太にはどうしようもできないことだった。それは信じる。だけど、私には準太が子供にしか見えないのだ。私が好きだった準太が見えないのだ。恋は盲目と言うけれど、私は見えなきゃいけないものが見えなくなった。いけないのは私。準太じゃない。



「準太のことは信じてる。だから、今話してくれたことが本当なんだと思う」

「名前…」

「でもね、ごめん。別れよう」

「は…?」

「今回のことが原因じゃない。原因は私なの。私が、準太を見失ってる。だから別れよう?」



準太はしっかりと私を見ていた。準太の瞳に私が映っている。じゃあ、私の瞳に映っているのは?“高瀬準太”?“私が恋した高瀬準太”?





「だめだ」


準太の口から零れた否定的な言葉。こんな低い声を、私は今まで聞いたことがあっただろうかと思っていると、準太に今までにないくらい強く抱き締められる。私も準太も、恥かしいからと言ってあまりこういうことはしてこなかったのでなんだか照れる。準太の心臓の音が聞こえてきそうだ。



「俺を見失ってるってなんだよ?俺のこと、もう好きじゃねえの?」

「ち、がう……好きだよ…」

「俺は名前のことが好きだ。めちゃくちゃ好きだ。名前は俺の原動力なんだ。野球頑張れんのも、勉強頑張れんのも、全部名前のおかげだ。名前がいるから、辛いことから逃げてちゃ駄目なんだって思える。俺には、名前が必要なんだよ」

「準太…」

「名前は、そういう風に思えないか?名前にとって、俺はそういう存在になれてないのか?お前は今、俺のことどう思ってる?」



準太の絞り出すような言葉にハッとした。私はたしかに、大人っぽい準太が好きだった。大人っぽい準太に恋をした。でも、付き合ってから知った子供みたいな準太。今まで見たことのなかった準太に驚いたりもしたけれど、そんな準太を知ることは、ファンのままではできなかった。彼女という存在になって、初めて知ることができたのだ。そしてどうだ。私はそんな準太を見てきて直、まだ準太が好きと答えたではないか。“大人”な準太に恋をしたが、今私が好きなのは“大人”でも“子供”でもなく、目の前にいて私を抱き締めるこの準太ではないのか。目に溜まる涙が、何よりの証拠だ。




「ごめん、準太。私、馬鹿なこと言った。取り消す。別れてなんて言ったの取り消すよ…。だから、私とまだ付き合ってくれる…?」

「もちろんだよ。俺には名前が必要って言ったばかりだろ?」

「うん、ごめん…」

「ごめんなんて言うなよ。謝らなきゃいけないのはこっちなんだから」





私はただ、不安になっていただけなのかもしれない。有名人の準太の凡人の彼女。そんなレッテルに押し潰されそうになっていただけなのかもしれない。準太も私が好き。私も準太が好き。即ちそれはイコールだ。ならもうそれで、いいじゃないか。




私は、胸に残った一抹の不安を消し去るように、準太と仲直りのキスをした。









脳内迷子


(マネージャーとの件は本当にごめん。俺、どうやって償ったらいいのか…)
(私も和さんとちゅーしてチャラってことでどう?)
(っ絶対ダメ!)