同じ学校だったら、一緒に登下校できるし、お弁当も一緒に食べれるし、行事だって二人で楽しめるし。はーあ、私はなんで西浦高校を受験しなかったんだろう…。なんて、今さらどうにもできないことを後悔してしまうことも、学校内の恋人たちには無いんだろうなあ。


「あー、お腹空いたー。早く家に帰ろ」
「あっ、名前先輩!お疲れ様でした!」
「ん、おつかれー」


バドミントン部の後輩にあいさつを返して、学校をあとにする。今頃彼も、部活頑張ってるんだろうな…なんて思いながら、鞄の中にしまいっぱなしだったケータイを取り出した。わお、新着メール六件。やばい私人気者!とか冗談で調子に乗ってみせたら、そのうちの五件はメルマガでした。………。


「しかも、花井からは空メールだし…」


ため息をひとつ。
ちなみにこのため息は、唯一のメールが他校にいる彼氏からだったのに本文の無い空メールだったことへの落胆ではない。彼がこんなメールを送ってくる時は、決まって落ち込んでいる。そして、SOS信号を発信するかのように私に白紙のメールを送るのだ。何かあった時に私を頼ってくれるのはとても嬉しい。でも、それは裏を返せば花井が空メールを送ってきてくれなかったら、私は花井の精神的ピンチに気付いてあげられないということなのだ。ああ、情けない。ほんとに情けない。空メールを貰う度に、私にメールを送らない時にも色々辛い思いをしているんじゃないのかな、とか、他の女の子に頼ったりしているんじゃないのかな、とか考えだして、最終的に他校じゃ知りようがないという分厚い壁にぶつかるのだ。花井が西浦で何をしようと、どんなになろうと、私は気付けない。




『私は元気だよ。
そっちは?』


実は花井と会わなさ過ぎて元気だなんて言えるほどの高いテンションは持ち合わせていないのだが、まあこれはいわゆる社交辞令というか決まり文句なので仕方ない。さり気なく彼の悩みを聞いてあげるのが私の役目だ。

休憩時間にでも打ったのだろうか?彼はきっとまだ部活中のはずなので、返事は九時過ぎになるだろう。








やっぱり九時半頃に花井からの連絡。しかしメールではなく電話だ。あら、珍しい。


「もしもし」
『…よっ』
「よ!お疲れ!」
『ん…。今、お前家?』
「うん、そ。自分の部屋だよ」
『外見てみろよ。すげー月が綺麗だから』
「えー月ー?」


ベッドの上で体操座りで話していたのだが、そこから動いてカーテンを開けて月を見る気にはなれないほど私はめんどくさがり屋で、だからちょっと花井には悪いけど嘘をつくことにした。


「あ、ほんとだきれー」
『…ばっか、ちゃんと見ろよ!』
「は?見てるって」
『嘘つくな』
「……」
『……』
「…バレたか。あーもう、めんどくさー」


何故だかあっさりバレてしまったので、しょうがなくのそのそと立ち上がってカーテンを開ける。たしかに今日は雲があまり無いのか月がくっきり見える。しかし、そんなわざわざ言うほど綺麗か〜?


『なあ、下見てみ』


耳に入ってきた花井の声に従うように目線を下ろすとそこには、………………ん?


「……は…ない…?」


そう呟くと、視線の先の人影がブンブンと手を振った。見覚えのある坊主頭が目に焼き付く。私は、知らない間に階段を駆け下りていた。






「ちょっと!いきなり来るからびっくりしたじゃん!」


急いで外に出て言うと、制服で大きな野球部のエナメル鞄を肩にかけた坊主は眉を下げて笑った。

「言ってくれればよかったのに」
「んー、まあ…な」
「で、どしたの?急に」
「えーあー…うん…」


さっきから花井の目は泳いでばかりで、発する言葉さえ煮え切らない。ほんとにどうしたんだろう。いきなり家に来るなんて今まで一度もなかった。何週間ぶりかの生花井。まっすぐ見る私とは対照に、彼の視線は定まらない。もう一度「何?」と口を開きかけたら、彼とバッチリ目が合った。


「会いたかったから……来た」



そう言った彼の顔は薄暗いこの場所でもわかるくらいみるみる赤くなっていって、それを隠すように花井は私を抱きしめた。私も、彼に応えるように背中に手をまわす。


「名前に会いたかった…」
「私も、会いたかったよ」


しばらく無言で抱き合っていると、花井は唐突に私の肩を掴んで離した。無言の彼。すると、瞳から一筋の滴が零れた。え……花井泣いちゃった…。それを皮切りに、ポロポロと零れる涙。子どもみたいな泣き方だ。


「……ぅ、…っ、くっ……」
「えっ?え?花井?」
「俺…ぅっ…やっぱ、田島になんか……」


ははーん、今回凹んでた理由はそれだな?また“田島”くんか。花井が凹むのはだいたい彼絡みだ。二人はいわゆるライバルというやつで、しかし二人の間には見てわかる力の差があるらしい。野球に疎い私に言わせると、たかが高校生の力の差なわけで、そんなに億劫になる必要もないと思うんだけどなあ。花井だって十分すごいのに、田島くんのすごさが派手派手しいばかりに目立たないだけだと思うんだけどなあ。でも、私だって競技は違えど運動部の端くれだ。ライバルの存在の大きさ、闘うことへの恐怖、自分自身へのプレッシャー、ライバルと共に渡り合うことがどれだけ大変で、どれだけ苦しいかは私なりに理解しているつもりだ。こういう時、何が必要かも。だから彼は今日私に会いに来てくれたんだろう。


私は、自分から花井を抱きしめた。大きなその身体に、安心感と少しの切なさを感じる。



「私ね、最近花井と距離があるなあって思ってた。やっぱりほら…高校も違うわけだし」
「…うん、俺も思ってた…」
「だけど、こうして花井が来てくれて、遠く離れてると思ってた花井が目の前にいて、こんなにぴっとりくっついてる」
「…うん」
「だから、田島くんにだって向かっていけば、きっと追いつくよ。それだけの力が、花井にはあるよ。少なくとも、私はそう信じれる」
「名前…」
「花井が田島くんに向かって行ったら、今度は私が花井を追いかけに行くから。だから、花井は安心して田島くんを追いかけてよ」


にっこり笑うと、花井は鼻をすすって言った。


「ばーか。夜は危ないからお前は待ってればいーんだよ。…俺から会いに行くからさ」









中距離走恋愛



(もう君から、逃げない)