「あけまして、おめでとうございます!今年もよろしくお願いします!」
「おう、よろしく……ヘックショイ!寒ぃ…」
「阿部先輩、風邪ですか?何か温かい飲み物いります?」
「いい。…てか、なんでお前は俺を初詣に誘ったんだよ?」
「え?そんなの、新年明けて早く阿部先輩に会いたかったからに決まってるじゃないですか!」
「……」
「それに阿部先輩、友達が少ないから予定無いでしょう?」
「…………」
「そんなことより、参拝しておみくじ引きに行きましょう!」


一月一日、元旦。俺は後輩の名字に誘われて神社にやって来ていた。
名字は、俺に“気がある”みたいで、何かと俺の周りをチョロチョロしては阿部先輩、阿部先輩と煩く囀りまわるのだ。正直、迷惑。でも、撃退方法がわからない。なんせゴキブリの様にしぶとい奴だ。ちょっとやそっと罵声を飛ばしたところで、なんの効き目もありゃしない。そんな奴なのだから、度重なる名字からの告白に対して、俺が「迷惑だ」だとか「俺は嫌いだ」と冷たくあしらっても意味が無く、今に至る。

泉に言わせれば「あんなにお前のこと好きな奴なんてこの先一生現れないかもしんないんだから、もちっと大事にしたら?……まあ、俺だったらまじ勘弁だけど」だそうだ。
まじ勘弁…。そうだろう、俺だって勘弁だ。でもな、毎休憩俺の教室に来ることも、毎日部活にポカリ持って来るのも、三日に一回はしてたその場の流れも空気も読まない告白も無くなったんだぜ。おやすみなさいのメールも、朝のモーニングコールも無くなった。俺と篠岡の仲を疑うことも無くなった。三橋に嫉妬することも無くなった。……あれ、もしかしてあいつ、“俺離れ”…?巣立ちの準備…?










「わっ!大吉だ!!ヤッタ!先輩は何でしたか?」
「………」
「もー、見せてくださいよー…………あ、」
「……凶…」


参拝をした後、二人でおみくじを引いた。そしたら、まさかの凶だった。嘘だろ…。正月って凶の数減らしてるってテレビで言ってたじゃんかよ。名字が「あそこに結べば大丈夫ですよ!」というので、既に多くのおみくじが結ばれた紐に自分のも結んだ。この中に凶を引いちまった奴は何人いんのかな?どうせみんな小吉とか末吉だろ。ハッ!まだ“吉”が付くだけいいと思えよな!


俺はチラリと焚火の周りで風船を持ちながら喜ぶ子どもを見た。親にでも買ってもらったのだろうか。今は正月だ。ましてや、今日は元旦だ。神社に来ている大多数の人が浮き足立っている。だから、特にその子どもが周りから浮いて目立っていたわけではないのだが、何故か目に止まった。風船を持つ手を振り回して遊んでいる。その度に上下左右に揺れるピンク色の風船。どうせ、すぐに飽きるんだろう?正月が終わる頃には、捨てられてるんだろう?散々振り回されて、風船もたまったもんじゃないよなあ。こっちの気持ちも考えろよなあ。今更好きになっちまって、馬鹿みたいじゃんかよお。
…………………ふ、…風船の話な!!!






「先輩、元気出してください!凶って珍しいから、逆に運がいいって聞きますし!後は良い事ばっかりなんだって!」

黙っていた俺を落ち込んでいると勘違いをした名字は、フォローし始めた。妙に必死なのが笑える。


「別に落ち込んでねーよ」

本当の事を言ったまでだ。それなのに、名字はそれを俺の強がりだと思ったらしい。自分が引いたおみくじを俺に差し出してこう言った。


「私の大吉、阿部先輩にあげます!」
「え!?いいよ、そんな」
「いいんです!阿部先輩の幸せが私の幸せですから!」
「なんだそれ…!」
「大吉はお財布に入れとくといいらしいですよ!」


半ば強引に名字の大吉を貰ってしまった。要らねえっつってんのにコイツは…。


「その代わり、何かください!」
「交換なのかよ…!」
「あ、大丈夫です!物もお金も要りません!」
「…?」
「私のことを好きになってくれるだけでいいです!!」


なんだそれえええ!
無理矢理おみくじ押し付けて、代わりに私のこと好きになってください?そりゃねーだろうが。言ってやれ、俺!「いい加減しつこいんだけど」とか「お前のことなんて好きになれない」って言ってやれよ!いつもの事だろ!…まあ、最近は無かったからご無沙汰だけどさあ。みんな正月気分の中、俺がここでバサッとぶった斬ってやれば名字は完璧に俺離れするかもしれない。巣立ちの時だ。もう、教室に遊びに来ることも、弁当を一緒に食べようとすることも、部活を見に来ることも、メールも電話も、遠くから目敏く俺を見つけて手を振ってくることも、廊下を走って追いかけてくることも、阿部先輩!阿部先輩!って煩く呼ぶことも、好きって煩く言ってくることも、こうやって初詣に誘うことも無くなるんだろうな。

いいじゃねえか。だって俺、名字のこと好きなわけじゃなねえし。嫌いだって言ってやれよ。そしたら、名字は俺のこと好きじゃなくなる。名字は俺のこと嫌いになる。風船の紐から手を放してバイバイだ。
バイバイ……
サヨナラ………









おい、風船。
お前、それでいいのかよ?






俺は、嫌だ。










「……もう、好きだ…」

名字はさっきまでのニコニコ顔が嘘みたいにポッカーンとアホ面になって、終いにはポロポロ涙をこぼして泣き始めた。


「なっ、なんで泣くんだよ…!」

慌てた俺に応えることもせず、名字はいきなり俺に抱きついた。



「阿部先輩、阿部先輩!嬉しい!嬉しい…!阿部先輩、阿部先輩、ほんとに大好きだよぉ…」
「わかった、わかったから!服に鼻水付きそうだから離れろよ、しかもお前今日はらしくもなく化粧なんかしてるだろ(服にマスカラ付く…!)」
「メイク気付いてくれたんですか…!嬉しい!でも、離れません!阿部先輩がどっかに行っちゃはないようにこのままでいます!」
「周りの目とか考えろよなあ……」



「もし俺が風船だったら、ぜってえ紐放すなよ」
「阿部先輩が風船?」
「おう」
「は、放しません!絶対に!!」
「ん、ならいいよ」
「むしろ、食べます!」
「はあ!?」
「なくさないように、食べます」
「無理だよ、そんなん」
「大丈夫です、阿部先輩!私は風船も食べれる女なんですよ!見ててください!」



そう言ったと思ったら、名字は俺にキスをして「ごちそうさまでした」と笑った。



今年も大変な一年になりそうだ。