「伊佐奈、誕生日おめでとー!!」 私がノックもせずに館長室に入ると、デスクの上に腰を下ろしていた(行儀悪いからやめなさいって言ってるのに…!)伊佐奈が本当に、ほんとうに驚いた顔をして「あぁ、そうか…」なんて呟いた。 館長室はいつも薄暗い。間接照明がお洒落だけど、ここにいたら気分が沈んでしまいそうになる。やっぱり部屋が暗いと気分も暗くなっちゃうよね。…あれ、私だけ? 伊佐奈はいつもどんな気持ちでここにいるんだろう。何を考えて、何を思って、何を憎んで、何を愛して、ここで呼吸しているんだろう。 「忘れてたの?自分の誕生日なのに」 「…ああ」 子どもの頃は一ヵ月も前から楽しみにしていて、当日なんてまるで自分が主役のように思えて嬉しくて楽しくてたまらなかったのに、どうして大人になると自分の誕生日を軽視するようになるのだろう。誰かに祝われるのも、誰かを祝うのもあんなにワクワクしたのに。きっと伊佐奈もそうだったはずなのに。 成長って怖い。変化ってもっと怖い。一時停止ボタンを押してしまいたくなる。でも、私たちの人生にそんな便利なボタンはないのだ。私たちは、録画されたドラマなんかじゃない。止まらないし、止められない。時は無情であり無常である。 「プレゼント、何が欲しい?」 「……客」 「…この営業利益馬鹿が!もっと他のもの!」 「…んー、…じゃあ、そうだな…。変わらないものが欲しい。魔力なんてものともしないで、ずっと変わらないものが欲しい」 ああ、だめだ。私は“この手の話”に弱い。なんて言えばいいのかわからなくなる。私は、伊佐奈の痛みを察することはできても、共有してあげることはできない。だって、私の体はどこも鱗に覆われてなどいないのだから。 私は伊佐奈の顔を両手で覆った。マスクに触れる右手がやたらと冷たく感じる。その事実から目を逸らすように、彼の右頬に口付けた。 あぁ、どうして私はこのマスクを取ってあげることができないのだろう。伊佐奈は人間だよって言って、その変化した左側の頬にキスを落としてあげることができないのだろう。 「伊佐奈が“変わらないもの”をくれたらいいよ。私もあげる」 「…俺の誕生日なんだけど」 「まあまあ!そこは平等にいきましょうよ。伊佐奈、私の誕生日の時何もくれなかったじゃん」 「好きだ」 「え、」 「愛してる」 「え、」 「これじゃだめか?」 「……そんな言葉どこで覚えたの」 「…失礼過ぎるぞ。俺だってそんなことくらい知ってる」 「そ、だね……」 「…何、泣いてんの」 私はなんだか嬉しくって悲しくって切なくって、涙がぽろぽろ零れてくる。あーもう。止まれ、止まれ。一時停止! 私はいきなり伊佐奈のマスクを取って、そのちぐはぐな口元にキスをした。人間に一時停止ボタンは無い。でもこれが私のこの涙を止める方法だとわかったから。 「もし伊佐奈がクジラになっても、ジュゴンになっても、アルパカになっても、伊佐奈は伊佐奈だから、私はずっとこの口にキスをし続けるよ」 「ん、ありがたく貰っとく」 彼の目が優しく微笑んだ。 私は何を恐れていたんだろうか。共有できなくっていい。一時停止なんかしなくっていい。成長したっていい。変わったっていい。伊佐奈が伊佐奈として存在していて、私が私としてその隣りに存在してさえいればいいのだ。 「来年もよろしく」 「まかせといて」 来年も再来年も、何十年も繰り返したって、伊佐奈の愛の言葉はどこかぎこちなくて、私のキスはいつまでもへたくそなままだろう。そう思ったら、なんだか胸の奥の部分がぽっかりと暖かくなって、それを分け与えるように伊佐奈の胸に顔をうずめた。 「あったかい?」 「…べつに」 「誕生日おめでとう」 「ああ」 「生まれてきてくれてありがとう。生きててくれてありがとう」 「………」 「…あ、照れてる」 「べつに」 こうやって私と伊佐奈が抱き合っている瞬間にも刻々と時計の針は進み、時は流れ、いくつもの命が消えて、いくつもの新しい命が生まれ、世界は回っている。 それに反するように、私たちは止まった様にいつまでもお互いを抱き締めた。 どうかそのへたくそなキスを僕に |