今日はクリスマスイヴ。なぜか私は野球部の面々と駅前のイルミネーションを見に来ているのだった。千代が女の子一人じゃ心細いから…という建前を背中に背負って。それを知っているのは私だけ。もしかしたら阿部くんも。


「あぁ…もう…無理いいいい」

チラッと前の方にいる栄口を見る。服装は普通におしゃれさん!うん、普通に!普通!普通に……普通にかっこよすぎるよばかあああああ!!!




「…おい、篠岡。名字ショートしてんだけど」
「えっ、…まあ今日は名前の頑張る日だからね!阿部くんも、再起不能になるまでは名前のことほっといてあげて!」
「……(ひでえ…)」



「名前ー、みんなあの大きなツリーのとこ行くってー!」


千代が少し離れたところから声を掛けてくれた。えっ、まじでか!私、あの屋台で売ってるフランクフルト買いたいんだけど…!そう思っていたのに、千代はさっさと水谷くんたちと一緒に行ってしまった。まさか栄口くんと何か進展するまで構ってくれないわけではないだろうな…。どうしよう、困ったぞ。ただでさえ野球部の中に一人だけ部外者参加なのに、一人で勝手な行動をしていいんだろうか…。でもフランクフルト食べたいしなあ……。

「…あっ、…阿部くん!」

ちょうど前にいた阿部くんに声を掛ける。

「フランクフルト買うの着いて来て…」
「ああ?」
「……くださいませんか」
「…ったく、しょうがねーなあ」

スタスタと屋台の方へ歩いていってしまう阿部くん。待って、待ってと後ろを追いかける。


「フランクフルト一本ください」

120円をちゃりーんと出す阿部くん。あれ、実は阿部くんもフランクフルト買いたかったのかな。それにしてはさっき超嫌々ってかんじだったけど…。すると、私の目の前に差し出された一本のフランクフルト。

「え?」
「ほらよ、食いたいんだろ?」
「え、うん。でも阿部くんが買っ……あ、お金払えばいいのか!ごめん、ごめん。120円で良かったよね?」
「金はいらない。俺のおごりだって」
「…え、え!?阿部くんどうしたの!頭でも打ったの!」
「ちっげーよ!これ食べて栄口に話しかけてこいって言ってんの」
「あああ阿部くん…!なんて優しいの…!……あの、言ってもいいですか?」
「何を?」
「阿部くん大好きいいいいい!!!」


我ながら感きわまってしまった。だって、阿部くんがガラにもなく優しくしてくれるから…!なんか、こんな素敵な男友達ができたのなんて小学校以来かもしれない!…まあ、私があんまり男の子と喋らないのがいけないんだけど。

「っば、ちょ…やめ…!お前、俺になんか言ってねーでとっとと栄口に言ってこいよ!」
「違うよー。なんかね、阿部くんはもう私の中で女の子みたい(に気の置ける仲)だから言えるんだよ!」




阿部くんは一瞬詰まって、私に怒鳴った。



「さっさと行け!!」







   ;・○o・;○;・o○・;
   ○o・..・*・..・o○





阿部くんに怒られたので、一人でフランクフルトを咥えながらツリーまで歩いた。近くから見るとてっぺんが見えないくらい大きい。こんな木をどうやって運んできたんだろうか。すっかり日の落ちた溶けてしまいそうな暗闇に電飾がよく映えている。赤や黄、白に青。幾つもの光が、私を魅了した。木の根元の周りには小熊やリス、ウサギなどの可愛いモニュメントもある。駅のイルミネーションの割りにすごいな〜。西浦を馬鹿にしてたかも。


「名字さん!」


一人で感嘆を漏らしていると、後ろから私を呼ぶ声がした。間違いない、栄口くんの声だ。期待と恐怖と歓喜をぐちゃぐちゃに脳みそにぶち込んで、私は振り返った。すると、案の定視界の隅にあるベンチに栄口くんが一人で座っていた。巻いているマフラーをくいっと上に持ち上げ直しながら、彼は私を手招きした。ゆっくりと歩み寄ったが、トントントントンと鳴る酷く耳障りなこの音がブーツの踵が地面に擦れる音なのか、はたまた私の心臓の音だったのか。真相は闇の中だ。

兎にも角にも、私は栄口くんの横へとたどり着いた。それだけでもとても気疲れしたというのに、栄口くんは笑って私に「隣り座りなよ」なんて言うのだ。私はびっくりして栄口くんの口から出る白い息ばかり見ていた気がして、うんと返事をしたのか一度頷いてみたのかさえ覚えていない。そんな状況の中で、私がフランクフルトを落とさなかったのは奇跡と言えよう。




「すごいねえ、イルミネーション。正直予想以上」
「わ、私も!よくここまでやったな〜って思っちゃった」
「あっはは!そうだね!んー、なんか名字さんって見掛けによらず面白いよね」
「え、…そう、かなあ?」
「うん、うん。阿部が構うだけあるって言うか…」
「(阿部くん…?)」
「そういえば、名字さん野球好きならマネージャーとかソフト部やればよかったのに」
「えーいや、あの…私が野球好きっていうのは阿部くんの誤解で…」
「へ?阿部の誤解?」
「そうなの。あ、別に野球が嫌いなわけでもないんだけど、特別好きというわけでもないみたいな…。阿部くんが勘違いしちゃって栄口くんにメールを送るっていうご迷惑までかけちゃって…」
「え?俺は名字さんからのメールを迷惑だなんて思ってないよ。…って言っても、俺夜遅くまで部活だから実際あんまりしてないけどね」
「いや、私もメールとか苦手な方だから…」
「そうなんだー。俺もちまちまメール打つよりは電話がいいなー。手っ取り早くて」
「あ、それすごくわかる!」



あの大きなツリーの光が、少し離れた私たちにも届いて、栄口くんのおでこや少し色素の薄い前髪を柔らかく照らす。別に栄口くんの顔を好きになったわけではない。なのに、何故だかそんな彼を見て、私は心底彼のことが好きだなあなんて当たり前のことを思ったのである。




「…あのさ、名字さん」
「………」
「名字さん?」
「…え?あ、ごごめん!」
「俺の顔に何か付いてた?」
「滅相もない!あ…や、全然何も付いてなくて、ただぼーっとしちゃって…。ごめんね?なんだっけ?」
「……うーん、なんか、忘れちゃったみたい。言うこと」
「…?そうなの?」
「…うん。だから、名字さんももう気にしないで」



そう言って彼は私に向かって微笑んだ。なんだか首を絞められたみたいに、私は上手く呼吸ができなくなった。







唇には程遠いけど
喉が貴方が好きだと叫びます