待ちに待った修学旅行。同じ班の子には言ってある。原則的には班行動の時間は班員は離れてはいけないことになっている。そう修学旅行のしおりに書いてあったし、先生たちからも説明を受けた。でも、私はそれを破って会いに行くのだ。
みーくんに。


竜ヶ峰帝人。お隣りに住む、一個上の私のよきお兄ちゃんだ。小さい頃からよく遊んでくれて(なぜか遠出は断られた)、優しかったみーくん。そんなみーくんが私は大好きだった。その気持ちは、成長するにつれて男女のアレソレなものへと変化した。
しかし、みーくんは今年の春に池袋で一人暮らしを始めた。池袋にある来良学園に通うためらしい。なんでわざわざそんな遠いとこに…。最初は手紙のやり取りが続いていたが(私はケータイを持っていない)、次第にそれも途切れた。

ねぇ、みーくんはこの町が嫌いになったの?
だから出ていったの?
ねぇ、みーくんは私のことが嫌いになったの?
だから連絡くれないの?

みーくん、みーくん。私、みーくんに会いたい。みーくんの顔が見たい。声が聴きたいよ。それって、私の独り善がり?





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   ○o・..・*・..・o○





というわけで、みーくんに会いに、というかみーくんを一目見ようと池袋まで脱走してきたわけである。どうしよう、どうしよう。遂に、来良学園の前まで来てしまった。セーラー服着てるとちょっと浮くなあ。下校してる人たちの視線が痛いや。
十分ほど待っていると、一段と仲が良さそうに校舎から出て来る三人組が。

「あっ、みー……」

私は思わず口を覆った。
みーくんの左にいるのは、チャライケメンと影で囁かれていた紀田先輩ではないか。私も声を掛けられたことがある。しかし、三人に一人くらいはそういう経験があるのであまり自慢にはならない。引っ越したとは聞いていたが、まさか池袋だったとは。問題は右隣りだ。眼鏡をかけた可愛い女の子で、なんというかそのえっと胸の発育が豊かである。羨ましい限りだ。みーくんはその女の子に頬を染めて困ったように笑いかけている。私の中の何かが、バリンと音をたてて割れた。

この町が嫌いになった?
違う。みーくんは昔から都会に憧れてた。
私のことが嫌いになった?
違う。好きな子ができたんだ。



「ありゃ?あのセーラー服着た美少女、名前ちゃんじゃね?ほら、帝人の幼馴染みの!」
「え?まさかそんなわけ………名前!?」


しまった。モノローグに耽っていたら、紀田先輩にもみーくんにもバレてしまったようだ。やっぱセーラー服は着替えた方が良かったかな。……じゃなくて、逃げなくては!何も言わずに会いにきたんだ。びっくりしただろう。そして多分捕まったら怒られる。説教コースはできれば避けたい。よし、インドア派だけどいっちょ走る!


「あっ、逃げた!」
「ご、ごめん!紀田くん、園原さん、僕、ちょっと行って来る!」
「あ、はい。お気を付けて」
「おー、頑張ってこいよー。熱い抱擁でもしてやったら、きっと大人しくなると思うぜ!」
「そ、そんなんじゃないって!」



「どなたなんですか?名前さんって」
「帝人の実家の隣りに住んでる子。まあ、俺らの一個下なんだけどな。あんな可愛い子が隣りに住んでて若気の至りというか過ちのひとつやふたつがないのは実に帝人らしーんだが。しっかし、びっくりしたよなあ。池袋に来てるなんて」
「竜ヶ峰くん、お父さんみたいな顔してましたもんね」
「脱・お父さんできれば、あいつも苦労ねーんだけどなあ…」





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どこか知らない公園で、私はさっそくみーくんに捕まった。普段からもっと運動しとけば良かった。正面に立っているみーくんの顔は、やはりどこか険しい。説教コース突入だ。


「なんでここにいるの?」
「うっ…手、放してよ」
「ダメ、逃げるでしょ。質問に答えて。なんでここにいるの?」
「修学旅行で…」
「班の子たちは?」
「…了承もらって、みんなは渋谷に行くところを私一人で…」
「やっぱり。一人で行動して何かあったらどうするの?危ないだろ?…で、池袋に何しに来たの?」

心配だから俺も一緒についてくよ。なんて言うみーくん。みーくんの頭の中には、私がみーくんのためにわざわざ池袋に来たという考えは浮かばないのだろうか。あぁ、もう。ほんと独り善がり。どうしよう、涙出てきた。もう中三だっていうのに、こんなとこで泣くなんて、なんてお子ちゃまなんだろう。いっそのこと、ウエストゲートパーク行きたかったの〜とか言ってみた方がいいのか、子どもらしく。


「もー、なんで泣くの?痒くなっちゃうよ」

そう言って、みーくんは私の腫れた瞼を優しく撫でてくれた。そうだ、この優しさだ。この優しさに惚れたのに、時々それがすごく憎らしい。


「…みーくんは、私のこと妹か何かと思ってるんでしょ。今だって、修学旅行抜け出してこんなとこまで来るなんて世話のかかる奴だなあ、くらいにしか思ってないんでしょ。私がみーくんに会いに池袋に来たなんて、これっぽっちも思ってないんでしょ」
「えっ…?」
「みーくんが好きで好きで、会いたくて会いたくて来たのに。いいんだ、そんなの、私だけってわかってるから。…だから、もうほっといてくれない?」


勢いで好きだの会いたかっただの言ってしまった…。みーくんはきっとあのナイスバディの子が好きなんだ。失恋はもう決定事項である。というか、そもそもみーくんの中で私は恋愛対象外なのかもしれない。あーあ、嫌になっちゃうよまったく。一個年齢が違うだけで、いつもみーくんは保護者面でさ。まあ、私の性格にも問題があるのかもしれないけど。


「紀田くんの言う通りにするのは気が進まないんだけど…」

みーくんがぽつりと言った。こんな時まで“紀田くん”?目の前で私が泣いてるっていうのに紀田先輩?そんなに好きなのかばか!また悪態を吐いてやろうとしたら、みーくんに抱きしめられる。え、ちょ、何これ恥ずかしい!しかもここ屋外!散歩日和のお昼の公園!まわりに人いっぱいなんだよ!みーくん何考えてるの…!


「名前さ、その“好き”はどういう好き?」
「…お隣りさんとしてでもなく、幼馴染みとしてでもなく、兄としてでもなく、異性としての好き……って言ったら、みーくんは迷惑?」
「迷惑じゃないよ。…そういえば、名前はもう志望校は決まった?」
「え?…う、うん。一応…来良学園のつもりだけど…」


そっか!なんて笑うみーくん。でも私はみーくんの顔は見えない。ただ、くっついたみーくんの体が小刻みに振動しただけだ。どんな顔で私に志望校を聞いたのかも、ましてや好きかどうかを聞いたのかもわからない。

「じゃあ、半年間待ってるよ」
「え?う、ん…?」
「半年後、一緒に学校行ったり、一緒に下校したり、一緒に遊びに行ったり、恋人らしいことしようか?」
「えっ…?」
「嫌?」
「い、嫌じゃない!嫌じゃないよ!」
「じゃあ、決定。」
「みーくん、私も、すっごーく厚かましいこと言っていいかな?」
「うん」
「…十年でも何十年でも待つから、私に竜ヶ峰の名字をください」
「名前が欲しいなら、いつでもあげるよ」


うあああ私ってばなにプロポーズまがいのこと言ってんの…!ていうかむしろまんまプロポーズ!なんてぶっ飛んだ話をしちゃったんだろう!そして何故かみーくん了承したし!でも、名前が欲しいならってことは、万が一私がいらないと思ってもみーくんはそれでいいってこと?だってだって、もし本当にみーくんが私のことを好きだったら「名前にならいいよ。というか、むしろ名前にしかあげたくないサ、ハハッ」とか言うんじゃなかろうか。キリッとキメ顔で、白い歯を輝かせてさ。…少女漫画の読み過ぎか。こんな理想論ばかり思い描いてるから友達からお子様って言われちゃうのかなあ。やっぱり、みーくんも私のことお子様だって思ってるのかな。思ってるよね。絶対。じゃあ、今の恥ずかしいやり取りは、私が一方的に愛のあるやり取りだと思っていたけど、実はみーくんにとっては子どもをあやすためのものでしかなかった…ていうオチという可能性も…。…あ、どうしよう、みーくんなら有り得る。今までみーくんの口から吐かれていた言葉は全て父性愛からのものだった、とか。私のわがままに仕方なく付き合ってくれていた、とか。超有り得る。


「みーくんは、私のこと本当に好き?本当に結婚してもいいと思ってる?」
「うん、思ってる」
「…そ、っか。よかった、安心した…」
「僕の心は小三の頃から決まってるからね」
「小三?」
「え?覚えてない?」
「………」
「全然?」
「………全然」
「小三の頃、一緒にリコーダー吹きながら帰ってて」
「たしかにあの頃はよく吹きながら帰ってた…」
「『僕、毎朝名前ちゃんの味噌汁が飲みたい』って言ったら」
「う、うわああ超古典的…!」
「『ごめんね、わたし、まだスクランブルエッグしか作れないんだ』だってさ」
「私そんなこと言った!?」


うそー!全っ然覚えてない…。しかもスクランブルエッグしか作れないって…。最悪の振り文句だな…。まあ、みーくんが小三ってことは私は小二ってことだから、その歳で味噌汁作れる方がびっくりだけど。………あれ?ということは、私、小二の頃からみーくんに愛されてた?


「名前、」
「みー、くん…」
「好きだったよ。ずっと」



みーくんが一層腕の力を強めたので、私も彼を抱き締め返した。

池袋という町は、人をちょっぴり大胆にさせるらしい。










ホームタウンに口約束
ホームタウンに口約束



(これからどうする?)
(うーん、話してたいのは山々なんだけど、班行動の次はディズニーランドの予定だからもう行かなくちゃ!(ワクワク))
(…テーマパークに負けた)