「…ついてこないでよ」
「べつに帝人をストーキングしてるわけじゃないよ!」
「あっそ」
「私もジュンク堂行くから必然的に一緒になっちゃってるだけ!」
「へー、あっそ、ふーん」
「………」
「ねぇ、なんで今日は髪縛ってるの?」
「あっ、帝人気付いちゃった?」
「…なんでそんな嬉しそうなの。…うざ」
「う、うざいって言ったな!」
「………」
「無視すんな…!」


竜ヶ峰帝人は、実は黒い。そりゃもう黒い。どこぞの情報屋と、同じようで全然違う方向性のいやらしさだ。いつもは、草食系で、温厚で、クラス委員という大人しい性格の彼だが、紀田正臣の寒いギャグに冷たくツッコんでいる方が彼の本性だったのである。そんな彼の本性を何故私が知ってしまったかというと、あれはちょうど長い間雨が続いていた時の何日目かの放課後だったように思う。私は見てしまったのだ。道端に置かれた段ボールの中で、みゃーみゃー鳴く子猫。その前で傘を持ち、突っ立っている帝人。遠巻きに見ていた私(帝人の猫被りに騙されていた私)は、あぁ、捨て猫を見て心が痛んでるんだなー、なんて良い子なんだ…なんて思っていた。

しかし、全然違った。帝人は自分の目の前に腕を伸ばしていて、何故かその先にはニボシが握られていた。下にいる猫は、絶対に届かないのにもかかわらず、手を上に伸ばしてちょうだい、ちょうだい、と鳴いている。帝人の顔からは、猫に餌をあげようという穏和な考えなんて読み取れないほどどす黒いオーラが出ていた。つまり、取れない餌を必死に取ろうとするいたいけな子猫を弄んで楽しんでいたのである。私が、みみみ見ちゃいけないものを見た!なかったことにして帰ろう!と思ったところ、振り返ろうとした帝人と目が合ってしまった。

「あ…」
「あ…」





あの日から、帝人は私にそのねじ曲がった性格を堂々とぶつけてくる。紀田正臣にもちょいちょいしか本性を露わにしていないというのに。私だけか…!その特別扱いは全然嬉しくない。


「…で、なんで縛ってんの」
「あ、そこは気になるんだ」
「だって、いつもめんどくさいから縛らないって言ってたじゃん」
「それがさー、そうなんだけどさー、昨日友達に聞いちゃったわけ!」
「何を」
「私、好意を向けられてるらしい!」
「………」
「………」
「新手のボケ?√2点」
「うおっ、紀田正臣くんより下だ!…というか事実なんです!」
「誰だよそんな物好き…」
「うーんと…山田…いや田中?鈴木…佐藤……まあ、そんなかんじ」
「名前くらいちゃんと覚えときなよ!」
「えー」
「というか、それと髪の毛を縛ることとの関係性がわからない」
「いや、だからちょっと可愛くしてみようかな?って」


「髪の毛縛れば自分が可愛くなるとでも思ってるんだ?ふーん」
「ち、違うよ!思ってないよ!努力しよう的な…!」
「だいたいさ、名前はそいつのことが好きなの?」
「え、ううん」
「じゃあ、なんでそんな名前も知らないような好きでもない奴の為に可愛くなろうとするの?」
「たしかに…」
「馬鹿なの?」
「ちょっと浮かれてて気付かなかった…」
「なんで浮かれたのさ」
「え、だって自分のこと好きな人がいるんだよ!?貴重じゃん!浮かれるじゃん!」
「本物の馬鹿なの?」


「…そんな奴の為に努力するなら僕の為にすればいいのに」
「何か言った?」
「べつに何も」
「なんで帝人の為に努力するの?」
「聞こえてたんじゃん。性格悪いね」
「帝人に言われたくない」
「好きだから」
「は?」
「名前のことが好きだから」
「は?」
「…って言ったら努力してくれる?」
「…えーと、ちょっと待って。今のは流していいのかな?いつものダークな冗談なのかな?」
「流してくれていいけど本気だよ」
「う、うう嘘だ!嘘だ!嘘だ…!」
「レナちゃんもびっくりするくらい本気なんだけどなー」
「誰だその女…!」
「あれ、妬いた?」
「妬いてない、よ!どうせあの時の捨て猫みたいに弄んでるだけなんでしょ!」
「捨て猫?あぁ…。じゃあ、名前もにゃんにゃん鳴いてみる?」
「は?」
「もしくはにゃんにゃんしてみる?」
「は?」
「あ、どうしよ萌える…」
「き、気持ち悪い!気持ち悪いよコイツ…!早くなんとかしないと」
「え、じゃあにゃんにゃんしてくれない?」
「くたばれ!」



あーだこーだ言い合っていたらもうジュンク堂の前である。時間を無駄に浪費した…気がする。そして無駄に疲れた。


「ねぇ、名前」
「ん?」

帝人に呼ばれ、振り向くと、なんと、なんと、キスされてしまった。キッス。

「…は?」

ちょっと、誰かに好かれたくらいで浮かれちゃうんだから当然初めてのキスだったんですけど!
ちょっと、そんな風に笑わないでいただきたいんですけど!


「ちょっと、こんないたいけな女の子を店の前にほっぽって、一人で買い物始めようとしないでいただきたいんですけど…!」








捨て猫ロジック


(え、にゃんにゃんする気になった?)
(しつこい!)