今日は普通に休日だったはず。普通に、学生の本分である勉学に勤しみ、疲れきった身体を休めるための休日だったはず。普通に、ゴロゴロしてPSPやってSkypeしたりする休日だったはず。うん。 奉仕作業という名の、学校の草取り大掃除がなければ。 しかも、部活に入っていない帰宅部は強制参加である。まったく、ひどい不平等社会になったもんだ。私はハライセに草をブチブチと抜いた。雑にやったものだから、根元から抜けずに、千切れたといった方が正しい。それが私を更に苛つかせて、体操服が汚れるのも気にせずに地面にお尻を下ろした。生憎、私の周りには誰もいない。みんな、もっと草の多いところに群がっている。(なんだかんだ言って、みんな頑張ってるんだ…)私は、ふうぅ…と大きく息を吐いた。今日も空は無駄に青い。 一人につき、一つ世界があるとする。 私から見た世界と、政治家から見た世界は、きっとすっごく違う。同じ世界を見ているはずなのに、きっと私が見れる世界と、サラリーマンが見れる世界は違っている。 一人につき、一つ世界があるとする。 相手に触れる時、互いの世界も少しだけ触れる。そして、新しい世界が形成されていくのだ。 世界には、総人口の数だけの“世界”がひしめき合っている。 様々な変化をもたらし合いながら。 私は時々、自分はなんて無力な存在なんだろうと思う。テレビに映っている事が、どこか絵空事のように、他人事のように、まるで自分とは違う世界で起こっているように思えてしまう。 私は、誰かの世界を変えることができるのか。 私は、誰かの世界の“替えのきかない”パーツなのか? 「名字さん」 名前を呼ばれて振り向くと、うちのクラスの学級委員の竜ヶ峰くんがいた。 「竜ヶ峰くん」 「お疲れ様。さっきから空を見上げてたけど、どうしたの?」 「うーん、ちょっとね。考え事」 「考え事?」 「うん。竜ヶ峰くんは何になりたい?」 「え、将来?」 「うん」 「うーん…、まだ何も決めてないかも…」 竜ヶ峰くんは、困ったように、照れたように笑った。私は、竜ヶ峰くんのこの笑顔が案外好きだったりする。彼は、「名字さんは?何になりたいの?」と言いながら私の横に座った。 「私は、鳥になりたいな」 「と、鳥…!?そういうのでいいんだ?将来の夢とかじゃなくて」 「鳥になって、空を自由に飛ぶの」 「ふーん、まあ、楽しそうかも」 「鳥がさ、空を飛んでても私たちってあんまり気にしないじゃない」 「たしかに、そうかもね」 「そういうの、どこか似てる気がするの」 「何に?」 「わたし」 竜ヶ峰くんは目を丸くして私を見た。この顔は、あんまり、好きじゃない。 「誰にも縛られずに、誰も縛らずに、鳥みたいな人になりたいな」 「………」 「…引いた?」 「ううん」 「ごめん」 「ううん、本当に引いてないから大丈夫だよ。ただ、僕はあんまり名字さんに鳥になってほしくないなあ」 「どうして?」 「鳥だったら、近寄っていったらすぐに逃げちゃうじゃん。それ、嫌だなあって」 「嫌…かな」 「僕は嫌だな」 「ふうん」 「こうやって、僕の隣りに居てほしいよ」 今度は私が目を丸くした。こんな竜ヶ峰くんの顔、初めて見た。この顔は、うーん……好き、かなあ。でも、時々でいいや。甘ったるくて、胸焼けしちゃいそうになるから。 「………」 「…あ。え、えっと、あのね!今のはなんていうか、そのっ…言葉のあやというかっ」 「…じゃあ、嘘なんだ」 「え、」 ちょっとしょんぼり。 …あれ?しょんぼり? 鳥って、しょんぼりする? 誰かに隣りに居てほしいわけじゃないよって言われて、しょんぼりする? 「う、嘘じゃないよ!!」 「…え?」 「僕は、…名字さんに隣りに居てほしい」 「…ほんと?」 「うん、ほんと」 「私が?」 「うん、名字さんが」 「園原さんじゃなくて?」 「うん、園原さんじゃなくて」 「…それって、私じゃないとダメなの?」 「そうだよ。名字さんじゃないと意味ないよ。誰も代われないよ」 竜ヶ峰くんは、眉を下げながら、恥かしそうに笑う。あ、また、私の好きな顔。 「……私、その顔好きだなあ」 「え?」 「…あっ」 私は、どうしようもなく恥かしくなって、二人で眉を下げながら一緒に笑った。二人とも顔が赤い。草木は、こんなにも青々としているというのに。 私たちはまだ、青臭いガキだ。 |