夏の夕方。窓の向こうで、西の空で夕立の雲が切れた。私と臨也はその光景を見つめていた。




「地球上からいっさいの生物が絶滅したとするね」

「いきなり、何よ」

「その時、それでも夕焼けはなお赤いだろうか?」

「何か不気味な色に変わるとでも言いたいわけ?」

「いや、見る者がいなくとも夕焼けは色を持つか、ということだよ」

「もちろん、何か色を持つだろうね。例えば、核戦争の後、見られることもなく西の空が奇妙な色に染まるとか。だけど、突然どうして?」

「漠然とした言い方で申し訳ないけど、例えば見ることと見られた対象ないし世界ということで、どうもなんだか釈然としない気分がある。今、西日に照らされた雲を見ていて、以前少し考えていたことを君と考えてみたくなったんだ。君は見る者がいなくとも夕焼けは何か色を持つだろうと言ったね、でも、俺は持たないと思う」

「どうして?」

「もし、青と黄の系統しか感知しない生物だけが生き残ったらどうなる?」

「そうしたら、なんだ、何色になるんだ?暗い緑に染まるのかな」

「その時、夕焼けの色は暗い緑だ、と」

「そうなるね」

「その生物も死滅したら?」

「そうなったら……。そうか。その時、夕焼けの色も『死滅』しちゃうか。もう夕焼けは何色でもなくなる」

「色は対象そのものの性質ではなく、むしろ、対象とそれを見る者との合作とでも言うべきではないか。それゆえ、見る者がいなくなったならば、物は色を失う。世界は本来、無色なのであり、色とは自分の視野に現われる性質にほかならない。そう思わないか?」




「臨也って、時々すごく変なことを真面目に考えるよね」

「褒め言葉?」

「…そう思っとけ、うざや」

「だからつまりね、俺の夕日を君にしようと思うんだ。君の夕焼けは何色なのか?とても興味がある」

「臨也って人の観察好きだよね」

「そんなうっとうしそうな目で見ないでよ。照れる」

「あんたの思考回路どーなってんの…!」

「ん?名前でいっぱい」

「うぜー。…じゃあ、しょうがない」

「何が?」

「私の夕日を臨也にする。臨也は何色の夕焼けをつくりだすのか、ずっと観察する」

「わーお!それって共同作業ってやつ?そそるねえ。あっ、でもお互いが観察対象の場合、それは共同作業って言わないのかな?」

「しらない」

「興味ナシみたいだね」

「…あっ、でも、先に私が死んだり、臨也が死んでくれちゃったりしたらどうするの?共同作業かは別にして、相互ではなくなるから、観察を止めるの?」

「そんな死んでくれてラッキーみたいな言い方しないでよ。うーん、そうだなぁ。たしかに、生物が死ぬ場合は考えたけど、夕日の方が先に亡くなるという事態はさっきの話の中では出てこなかったね」

「うーん、どうしたものか…」

「そうだ!一緒に死のう!」

「…真面目に言ってるの?」

「真面目もまじめ。大まじめさ!」

「ふーん。じゃあ、臨也は正真正銘の馬鹿なんだね」

「だって、ロマンチックだろ?二人の腕にリボン巻いて死ぬんだ…。これっていいと思わない?」

「今度は何に影響されてんの?」

「自殺志願掲示板」

「い、臨也のばか…!危ない人とは縁切るからね…!」

「えー、じゃあシズちゃんは?」

「臨也とは“危ない”の種類が違うよ。てか、静雄は心が綺麗だからオールオッケー!」

「…名前って、シズちゃんにいつも甘いよね」

「幼馴染みがこんなにも荒んだ外道だから、その反動じゃない?」






私たちがどんな話をしていても、夕日はさっきと変わらずに赤く赤く、燃えるように輝いている。きっとこの夕日の色は、臨也がなんと言おうと永遠だ。だって、今こうして私と臨也が見ていて、脳に記憶している。たとえ、夕日自体が消えてしまっても、私たちの頭の中からこの色が消えることはないのだから。私が今日のことを忘れない様に。私が臨也を忘れない様に。










夕焼けこやけ


(あの臨也がこんな綺麗な夕日の様な色を放つのだろうか)
(あぁ、君はどんな色で俺を楽しませてくれるのかなあ)