「もしもし、お母さん?今日、友達の家に泊まることになっちゃったんだけどいいかなー?明日土曜だし…うん、うん、大丈夫、…え?ううん、佳奈ちゃんじゃないよ…えっとねー、…い、いざちゃん?……う、うん!すっごく変わってる名前だよね!あ!じゃあ、いざちゃん呼んでるからまたね!」



私は適当な言い訳を言って乱暴に電話を切った。先程スーパーで買ってきた晩ご飯の材料が入った袋を前後に振り回し、帰りを急ぐ。猫になってしまった臨也さんをお世話するため、泊まることになったのはいいが、替えの下着も無いし、寝間着も無い。困っていたら、臨也さんがクレジットカードを咥えてトタトタとやってきた。これで全て買えということらしい。あの慎重な臨也さんが他人にクレジットカードを明け渡すなんて…。まあ、猫だししょうがないか。それとも、私を信用してもいい人間だ、って思ってくれたのかな?……その線は薄いな…。あれ、自分で言ってて悲しくなってきた。とりあえず、お言葉に甘えて、下着とユニクロで適当な寝間着になるものを買わせてもらった。



「臨也さん、お腹空いてないかなー、喉渇いてないかなー」

家でペットを飼ったことがないので、臨也さんには悪いけどちょっと楽しかったりする。鼻歌交じりに臨也さん宅の玄関を開けると、キッチンの方から何かが落ちる音がした。

「ま、まさか、臨也さんに何かあった!?」





キッチンに駆け付けると、案の定大きな音の発信源はこの可愛い黒猫で。喉が渇いて水を飲もうと思ったのか、シンクの中にすっぽり入って蛇口から流れる水を上からモロに被っていた。

「もおー臨也さん!だから猫ってことを自覚して行動してくださいって言ってるじゃないですか!」


私は水浸しになった臨也さんを抱き抱えるとバスルームへと移動した。温かいシャワーを当てながら臨也さんの綺麗な毛並みをワシャワシャ洗う。そこで私は、気になった事を気持ち良さそうに目を細めている猫に聞いてみた。


「臨也さんの着てた服は見つからないけど、実際今は猫なわけだし、やっぱり今臨也さんは裸なんですか?だとしたらこれってすごく新妻みたいでエロくな…」

全て言い終わらない内に、臨也さんは体をブルブル震わせて水を飛ばしてきた。ひどい…!人間だったら「君ってほんと馬鹿だよね。うん、馬鹿。馬鹿過ぎて呆れちゃうよ。君と俺が新婚?ハハッ、冗談キツいなー。それに、君なんかに裸を見せるなら一秒に一万は払ってほしいね。え?君の裸?そりゃ、俺の前で猥褻罪を犯すわけだからもちろん俺は一銭も払わないよ」とか言ってただろうな。うん。臨也さんが猫で良かった。


臨也さんをタオルでごしごしして乾かした後、私は晩ご飯の支度に取り掛かった。精神的には人間だからキャットフードはまずいよな…ということで、本日のメニューは(ネコまんまを参考にして)ご飯にお味噌汁、鯖の塩焼きとツナサラダ。まあこれくらいなら料理が得意な家庭的女子でない私でも大丈夫だろう。



「いただきます」

私が手を合わせると、臨也さんもにゃーと鳴いた。おいしいですか?とわざわざあいうえお表を持ってきて聞いたら、イエスとノーのちょうど真ん中を指しやがった。こんのいざにゃんこ…。




そして私もシャワーを借り、臨也さんのカードで買ったストレッチ素材のTシャツと短パンに着替えた。


「臨也さん、こんな時くらい一緒に寝ましょうよ!」

そう手を差し延べても、フンと顔を背け、私のお腹の布団の上で丸くなった。あれ、デレてくれない…。まあいいや、これからこのツンツンねこちゃんをどうするか考えよ!波江さん面倒見てくれなさそうだし。そう思ったのも束の間、窓から見える綺麗な満月に目を奪われると、私はいつの間にか寝てしまった。







   ;・○o・;○;・o○・;
   ○o・..・*・..・o○






「にゃー」

名前は寝たみたいだ。アホみたいな顔してスースー言ってる。まったく、なんでこんなに俺に構ってくれるのかなー。波江みたいにバッサリ…とは言わないけど、別に名前が俺に構う必要なんてないのに。名前の包帯が巻かれている手を見る。自分が猫だということも忘れて無意識にツッコんだら、名前を爪で引っ掻いてしまい怪我をさせてしまった。シャワーを浴びた後、もう一度包帯を巻き直していたのを見たが、大怪我ではないものの、傷口のまわりがすごく腫れていた。当然痛いはずだろう。なのに名前は「全然大丈夫!だから臨也さんは気にしないでね!」そう言って俺の喉を撫でた。つくづく馬鹿な女だ。


ああ、一体俺はこれからどうなるのだろう。名前が言っていた通りもう人間に戻れないのだろうか。あーあ、俺はあくまでも傍観者で、事態を面白くするために動いてきたっていうのに、まさか自分がこんな超不思議SF人間になるとは…。割り切って猫としての人生をエンジョイしてもいいけれど、心は人間なんだし晩ご飯にネズミなんて食べるのは御免だな。そういえば、今日の晩ご飯は美味しかったな。普通に。でも、褒めると調子に乗るから言ってやらなかった。あーあ…、名前は、いつまでこんな俺に付き合ってくれるんだろうか…。




名前の怪我をしている方の手を舐めた。


「にゃー…」

ごめんね




その時、外で風が一段と強く吹いたので窓の外に目をやる。妖しい青白い光を放つ満月に目が離せないでいると、うぅん…と下にいる名前が唸った。我に帰ると、そこには先程までの爪の尖った黒くて短い腕ではなくて、いつも通りの五本指と肌があった。


「…や、やった!名前!戻ったよ!見て!」
「……ん……すー、すー…」


名前は熟睡中らしい。今日のお礼として、仕方がないから起こさないでいてあげよう。なんか寒いなーと思って自分の体を見ると、猫になる前に纏っていたはずの衣服が見当たらなかった。どうりで寒いはずだ。



「名前の予想、当たってたみたいだね」


俺はクスッと笑って眠りについた。






   ;・○o・;○;・o○・;
   ○o・..・*・..・o○






翌朝。私は目が覚めた。ふあ〜と大きな欠伸をする。あれ?ここ私のベッドじゃない…。あ、そうか。臨也さんちに泊まったんだった。あっ、臨也さん、猫也さんになっちゃったんだった!


「臨也さーん?」

布団の上にいるだろう臨也さんが見当たらない。あれ、どこ行った?そして私が左へ寝返りをうった時だった。あれ、よく見慣れた人がいる。昨日は人類からログアウトしていた人が同じ布団で寝てる。まあ、彼のベッドなんだけど。ていうか、違くて!もはやそういう領域じゃなくて…!


「……きゃあああああ!」

「…ん、…うるさいなあ、もう…」


臨也さんが瞼をごしごしと擦る。あっごめんなさいって思わず謝ろうとしちゃったけど、うるさいなあとかいう話じゃないよ!


「臨也さん、なんで全裸なの…!?」
「君の推測通り、人間に戻ったら裸だった」
「え!そうなんですか…って、ちっがーう!人間に戻ったのは喜ばしいことだけど、なんでその後何か着ないのかってことです!」
「うん、実に喜ばしい。え?何だって?臨也さんの美しい裸を見ちゃってムラムラするので襲ってください?お安いご用」
「きゃああ!ようやく猫語以外を喋ったと思ったらコレだよ…!手、離してください!てか、じりじりこっち来ないでー!あの、ほんと、私一生トラウマになるんで冗談はやめてもらえませんか」
「ん?何が?」
「この人、質悪い…!」
「名前は男の兄弟とかいないから嫌悪感を抱くのかもしれないけど、言わばお父さんと一緒だから」
「…は?もうなんか主語を必死に隠すあまりにわけわかんない会話になってる…!って、だから近付いてこないでください!」
「えー、俺なりの愛情表現なのにー」
「変なデレ方するな!もっと別の形でお願いします!」
「無理」
「はあ!?」
「名前だって、昨日俺のあんなとこやこんなとこ触ってきたじゃない。なんで君は良くて、俺は駄目なの?」
「あ、あれは臨也さん猫だったじゃないですか!」
「心は人間だったもん」
「いい大人がもん、じゃない!ちょ、馬乗りとかやめてくださいよ見えたらどうするんですか…!」
「きゃっ、名前のエッチ☆大丈夫!今からもっと恥かしいことしてあげるからね」
「っぎょええええ!波江さーん!助けに来てー!」
「ふん。その叫び声はちょっと心外だね」








何がどうしてこうなった


(めでたし、めでたし)
(ちょ、勝手にめでたくしないでくださいよ臨也さん!私の乙女心はズタボロなんですよ!)
(ふふん、なんのことかにゃー?)