白いカーテンが開いた窓から流れる風によってひらりと波打つ。

電灯はまだ点いていない薄暗い保健室に差し込む西日が彼の明るい髪を橙色に染めた。


(寝てる…)


神が創りたもうた美しい造形。

端正なその顔に触れるのは躊躇われて、それでも触れたい衝動を抑えきれず彼の人差し指の平に自分のそれを恐る恐る乗せた。

ぴとり。

一円玉くらいのほんの小さな面積だけ彼と繋がっている。

ほんのりと指越しに伝わる体温。

皮膚の指紋のざらつき。

それでも彼は瞼を閉じたまま寝息をたてていて気づきもしない。


勝手な自己満足。


そういえば一度だけ手を繋いだことがあったっけ。

人混みの中はぐれないよう伸ばされた手を俺はどきどきしながら掴んだ。


特等席で二人見た夜空を彩る花火。


帰り際俺は離したくなかったけど、俺達は男同士で、そこは街中で。
人の視線に気づいた彼は呆気なくその手を離した。


(離さないでって言えばよかったのかな)

(手を繋ぎたいって素直に望みを言えばよかったのかな)


過ぎた時間は取り戻せない。

いつまでも過去の思い出に縋っていては前に進めないというのに。


そういえば『好きだ』と言ったこともなかった。

好きだと言って伸二を縛るようなことしたくなかったし、伸二から言われたこともない。


お互い頑固者で。

些細ないざこざから喧嘩別れ。


それでも今までの歪みが形を成したのか、そのまま口を利かなくなってもう数ヶ月が経とうとしている。


あんなに一緒だったのに。


走馬灯の中の俺達がこんなにも遠い。



「―――…き」



『好きだよ』



呟いた言葉は一筋の涙となって零れ落ちた。



「……俺も」



繋がっていた右手の手首が捕まれ、ベッドへと引きずり込まれた。

何がおこったというんだ。

ワイシャツ越しに感じる生温いぬくもり。

シーツに染み込む懐かしい残り香。

何処か現実感がなくてぼんやり視線を上げれば琥珀色の瞳とかち合った。



「言うの遅えんだよ」



そう言って微笑む彼の顔も何処か泣きそうだった。



(ああ)


(ただ口にするだけでよかったんだ)






素直な気持ち


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