二人が過ごしていたその部屋で、平井に後ろから身体を抱き締められた。
「お前…君沢なんだろ?」
「…違います」
借り物の心臓がバクバクと音を大きく鳴らす。
動揺を悟られぬよう一息置いてから否定した。
(落ち着け、バレるわけがないんだ)
「そっくりなんだよ。その俺を見る目とか唇噛む癖とか」
「君沢忍は死んだ。くだらない妄想はやめて下さい」
冷静を装ってきっぱり告げると、腕の拘束が僅かに緩み、掌が服越しに肌を撫でた。
存在を、確かめるように。
そして高く整った鼻を俺の首筋に擦りつける。
「…いいんだよ、妄想でも…こうやって体温があって帰ってくる君沢がいて…」
「………」
前に俺は自分の遺品がそのまま残されたこの部屋を見て、平井がどう過ごしているんだろうと思った。
「懺悔聞いてくれ、って言ったよな?俺、あいつが死んだ日、酷いこと言ったんだ。声、出なかったのに、伝えようとしてくれたのに…」
「………」
「メールがあって。普段メールのやり取りなんかしたことなかったのに。悪かった、大丈夫かって言おうと思って部屋でずっと待ってたのに、ッ、あいつ、帰って来なかった!」
今まで見たこともない苦痛に歪んだ表情。
平井も苦しんでいた。
俺が死んでもなお、俺の存在をずっと覚えててくれた。
「…彼が死んだのは、先輩のせいじゃありません」
(本当に、平井のせいじゃないのに)
零れ落ちる涙が肩に染みて、俺の方が泣きたくなった。
「階段から転げ落ちたって。声を出せたら誰か助けを呼べたかもしれない。口開けばアザミアザミって別に嫌な奴じゃなかったのに、ずっと苛ついてて酷いことばかり言った」
「ひら、い」
先輩という言葉は続かず、どさ、と以前の自分のベッドに押し倒される。
「ここから、もう、寝息が聞こえることもないんだ」
懐かしい感触、匂い。
自分のベッドで平井と一緒に寝ているなんて
本音を聞けるなんて
死んだ後だからできること
「泣くなよ、いい年して…」
平井の頬に伝う涙を拭う。
どうしていいかわからない。でも、その涙が無性に俺の胸を締め付けた。
泣いた子供をあやすようにそっと平井の背中に腕を回すと、くすりと笑われる。
「……時々は、帰ってこいよ」
「え?」
「やらなきゃならないことがあるんだろ?」
「……ッ」
「ずっと、待ってるから」
そして唇が落ちてきた。
My sweet home