それは、ひどく風の強い夜だった。



あれは確か忍の誕生日。

祝いにかこつけて口にしたチューハイで暴れていた忍をやっとのこと寝かしつけ、狭いベッドに男二人で寝るわけにもいかず、俺はソファに横になった。



ゆらゆら。

ゆらゆら。



日本酒を数杯煽ったのが効いている、心地の良い酩酊感。
強風で窓がカタカタ鳴っている音すら子守唄のようだ。


そんな少しだけ特別で、なんら他の日と変わらない1日の夜に



俺は長い長い夢を見た。




たった18年間しか生きなかった、男の、一生。




「ッ、ーーーっ!!」



目を覚ませば、そこはいつもと変わらない寮の自室のソファだった。
ぐっしょりと汗ばんだ身体に革のソファがべとついている。

心臓が痛い。苦しい。
自分の身体なのに、まるで別の誰かのもののように悲鳴をあげていた。



俺は思い出してしまった。



アザミキョウイチという人物の記憶、想いーーーーー…


それはとても純粋で、純粋過ぎるが故に、狂気にも似ていた。



「にいさん……?」



声のする方にはっと目を向ければ、寝惚けた様子の忍が目を擦りながら立っていた。
『兄さん』なんて、幼少期の頃にしか呼ばれていなかったが時々こうやって無防備に顔を出す。



「兄貴、どうしたの? 魘されてた……顔色も真っ青だ」



『兄さん』『兄貴』


慣れ親しんだはずの呼び名が今は全身が拒絶反応をおこし、込み上げる吐き気に口元を押さえた。



「なに、二日酔い?」



呆れたように微笑みながら近寄ってきた忍の、背中を撫でようとした手を俺は音が出るほど力強く振り払った。



「さわんな…っ、」

「え?」

「いいから、部屋に帰れ」

「え、ちょ」



パジャマ姿の忍を有無を言わさずそのまま部屋から放り出した。
今から思うと酷いことをしたが、そのときの俺は忍がどちらの忍かわからず混乱していた。


洗面所で胃が空っぽになるほどひたすら嘔吐し続けると、幾分気分が落ち着いた。



「………………」



鏡に写った青白い顔をした自分。
見慣れたその顔はもちろん狼のような不遜な男『アザミキョウイチ』ではない。



そういえば、と思い出したことを確かめるためふらふらとした身体を引きずって自室へ向かった。
たいして使われていない勉強机の一番上の引き出しを開ければ小さな灰色の巾着袋が。


ころり。


中身を取り出し、手にしたそれは、俺が生まれたときからすでに掌に握っていたものらしい。
胎内から金属なんて、と周囲は気味悪がったが、母親は「何かの縁でしょ。大事に持っていなさい」と言って託してくれた。
俺もなんとなく手放せず、ずっと手元に置いていた。
自分と一緒に産みおそれは、今や自分の薬指にぴったりと嵌るぐらいに年月を経ていた。



この、銀の指輪。



今ならこのリングの意味がわかる。



(あんたは、どんな思いでこの指輪を持っていたんだ?)




今日は忍の誕生日5月15日。



『アザミ』が『君沢忍』を殺した日。







いつまでも君のそばで



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