俺は、人には言えない罪がある。



地獄の業火に焼かれ、幾度となくその苦しみを味わおうと



それは、決して、赦されることはないーーーー






「兄貴ー、あにきーーー!」



きらきら。

きらきら。



遠くの方で自分を呼ぶ声が聞こえる。
とろりとした微睡みのなか、心地良く響く甘い囁き。
寝惚け眼でうっすら開いた視界に煌めく金色が眩しい。



(ちがう、俺にそんなものを見せるな…)



一気に真綿で首を締められるような苦しみに苛まれて、気だるい身体を少しだけ捻じった。



「………兄貴って呼ぶなって言ってんだろ……」



獣のような低い声で唸る。
寝起きの重ったるい瞼を持ち上げると、見慣れてもやはり美しい顔が唇を尖らせてこちらを見下ろしていた。



「………匡一、朝だよ」



父親譲りのふわふわとした栗色の髪が窓から差し込む朝日を浴びてきらきらと輝いている。
そうだ、そんなことはありえない。

金髪は、幻。

頭の中で自分に言い聞かせて相手に背を向けるように寝返りを打った、



「………いちいち起こしに来なくていい」

「なんだよ、この前までは何も言わなかったくせに」



匡一の朝飯も食べちゃうから、と舌を出して忍は部屋から出て行った。
恐らく昨日風呂に入らずベッドに倒れ込んだので、抱いた女の残り香に嫌悪したのだろう。

忍は潔癖だ。
いつまでも、穢れず、美しい。



俺は君沢匡一。

あいつは君沢忍。



そう、俺たちは兄弟としてこの世に生まれ落ちた。



「また抜け出してたの?」

「……お前に関係ないだろ」



シャワーを浴びてさっぱりしてからリビングに行くと、まだ忍は拗ねた顔をしてソファにふんぞりかえっていた。



「一人部屋だからってそんな夜遊びばっかり…そんなんでよく寮長やってられるよな」

「持てる特権は最大限使うさ」



天草高校の寮は校舎から少し離れたところにあるので、外への連絡通路は寮長が管理している。つまりは全て俺の自由。
髪をわしゃわしゃとバスタオルで拭きながら「さっさと部屋に帰れ」とあしらおうとした言葉は、テーブルの上に置かれたラップのかかった昨夜の夕飯らしきものを見て呑み込んでしまった。



「………これ」

「ああ、匡一最近飯食ってないみたいだったからさ…余計なお世話みたいだけど」



忍は棘のある物言いでぷいと横を向く。当たり前だがまだ機嫌は直っていないらしい。
オムライスは昔から変わらず俺の好物だったから申し訳ない気持ちになった。



「……食べる。あっためろよ」

「え、それくらい自分でやれよ!まったく弟をなんだと思ってるんだか」



そうぶつぶつ文句を言いつつも忍はあっさり腰を上げて鼻歌でも歌い出しそうな軽い足取りでキッチンへ向かった。


(単純なやつ……)


そんな後ろ姿を眺めながらこんなに幸せでいいのだろうか、と溜息が無意識に漏れた。



「うまい?」

「ああ」

「そっかー食堂のおばちゃんに頼んだら作ってくれたんだよ」

「………だろうな」



忍は昔から変わらず料理が壊滅的に下手だ。
もしこれが忍の手作りなら俺は一口で気を失いかけていただろう。
それでも忍が作ったものを、俺は残したことがなかった。



「ほんと匡一はオムライス好きだよな。俺よりオムライスって感じ」

「………………」

「ん? どうかした?」

「いや、別に……」



聞き覚えのあるフレーズ。

それは、俺が知るはずのない会話。

動揺を悟られないよう無心を装って黄色い卵にスプーンを突きさしていると、見なくても忍が落ち込んでいるのが伝わった。



「………ほんと、匡一最近へんだ」

「………そんなことはない」

「嘘だ…っ、この前の俺の誕生日からだろ? ずっと俺のこと見ない。見てもなんか俺じゃない誰かのこと考えてる」

「ッ、」



ーーーーそこまで見抜かれているとか思わなかった。

馬鹿にみえて、いや、頭の方は本当にさっぱりだが、忍は俺の些細な変化に気づくのもうまかった。



「………お前、自分の部屋戻れ」

「あにき、」

「兄貴って呼ぶな!!」



思わず声を荒らげてしまい、はっと気がついたときには目の前に酷く傷ついた表情を浮かべた忍がいた。

唇をこれでもかと噛みしめて、落ちそうな涙を堪えている。



「匡一のばか、バーカ!!」



忍は子供みたいな捨て台詞を吐いて、踵を返した。
遠くて扉が乱暴に閉まる音が聞こえる。



(だって、俺はお前の"兄"なんかじゃない)




見上げた窓の外では、梅雨がはじまり、しとしとと雨が降り続いていた。








いつまでも君のそばで



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