「……そういえば、なんであの時キスしたんだ?」
ふと前から疑問だったことを口にする。
ふわりと触れ合っただけの口づけ。
そう言えばこの天草忍の身体になってから初めてだっけ。陣内は唇にはしなかったはず。
ああ、やなこと思い出した。
「キス?したかな、そんなの」
「……覚えてないならいい」
何のことだかさっぱりわからないという顔をする照葉に思わず青筋が浮かんだ。
全く橋本といいコイツといいキスした相手ぐらい覚えとけよ。
モテモテのこいつらには取るに足らないことなのかもしれないけど。
覚えているこっちがなんだか悔しいじゃないか。
ぶすりと頬を膨らませ顔を背けると、照葉は悪巧みが成功したみたいにくすくす笑った。
「うそうそ。覚えてるよ。アザミの親衛隊の話をしているときだろ」
「…あっそ」
「怒るなよ。だってあんなのキスって言わない、忍」
そう言った照葉の顔は笑っているのに、瞳にだけ鋭い光が宿った。
「……ッ…」
瞳の力に惑わされるように、近づいてくる唇を俺は避けることが出来なかった。
奪われるように、呑み込まれるように。
「まっ…ッん…」
息継ぎする間もなく酸素を求め開いた唇にさらに舌が入り込んでくる。
舌の分厚い感触を楽しむように甘がみされて、腰がずんと重くなった。
(ヤバイ、下半身にクる)
今度は悪戯に歯茎を擽られるものだから焦れったいといったら。
最後には自分から彼の舌をねだってしまった。
「照葉」
「…ッ、は…」
「照葉って呼ぶんだ、忍」
「て、るは…っ…」
名前を呼べばご褒美とばかりに舌をちゅ、と吸われた。
「いい子だ」
「てるは、てる…はッ」
ねっとり絡め合った互いの唾液を飲下して、名残惜しくも唇が離れていく。
永遠とも思われるような、長い口づけが終わった。
「……どう?これが大人のキスだよ」
「……最悪」
これが見栄なのはバレバレだ。
(反則だ、こんなの!)
色気がある奴だとは思っていたけれどとんだテクニシャン。
キスだけで腰が抜けてしまうなんて。
「常葉にはまだ真似できないだろうねぇ。どう、俺に乗り換えてもいいんだよ?」
二つしか離れていないくせに、ふんだんなフェロモンを纏って微笑むこの男は、俺にとって悪魔でしかない。悪魔というか、彼はまさに死神だけれど。
「ふざけるな…ッ」
「じゃあそこはどう処理するのかな?常葉に頼む?」
「……ッ」
「無理だろうねぇ。常葉は意外に俺に対抗心持ってるから」
確かに橋本に言えるはずもない。
(くそッ)
甘美な誘惑が手を差し延べている。
この手をとってしまえば元には戻れないとわかっているのに
「おいで、忍」
死神が笑った。
間男の囁き