「俺に『お前のためなら死んでもいい』って言わせたいんだろう?」

「…………」



核心に触れると、忍は警戒を顕にして無言のままカンナの出方を伺った。

猫だったら全身の毛を逆立て、尻尾を尖らせていることだろう。



「いいぜ、言ってやっても」

「!?」



忍の切れ長の瞳がかっと見開かれる。

いつも何を考えているかわからないその表情が、自分の言葉でくるくると変化するのは少々気分がよかった。



「ただし、俺の言うことには絶対服従だ」

「…パシリでもやらせる気か?」

「それも悪くないな。とりあえず周りには付き合ってることにしとこう。その方が傍にいても不自然じゃないし」

「……お前は俺になにをして欲しいんだ?」



訝しげに尋ねる忍は、当たり前だがカンナを心の底から憎んでいるようだった。

親の仇ならぬ自身の仇。

忍の中身が死界から蘇った言っても、付き合っていた頃の忍が戻って来た訳じゃない。


そんなこと、わかっているのに。



「……とりあえずキスでもしてもらおうか」

「はぁ?!」

「あと前みたいに名前で呼べよ。昔を思い出すみたいで傑作だろう?」


嘲笑するつもりが、思ったより乾いた笑いになってしまった。


皮肉だ。


昔を思い出してるのは自分の方のくせに。


忘れてしまいたいのに、思い出は否応なしにカンナを過去へと引きずり落とす。



(お前も、忘れたわけじゃないんだろう?)




「…ほら」



忍は自分に逆らえない。

先を促すと、真っすぐな瞳でこちらを射抜きながらも唇を少しだけ動かした。



「…………伸二」

「……っ」



“伸二”



もう呼ばれることはないと思ってたその名前。


姿形も、声さえ違うのに。



言わせたのは自分なのに。


無性に喉奥から熱いものが込み上げてくるのを必死に堪えて、カンナは言葉を強めた。



「キス、しろっ」



それでも声が震えるのを感じ、忍が気づかないことを祈った。



「………」



忍は軽蔑するような眼差しをこちらに向けながらも、仕方なしと唇を寄せてくる。


触れるだけのキスだった。


すぐに離れていくそれを目で追う。

身体を繋げたことはあっても、唇を合わることはあまりなかった。

普段はお互い意地っ張りで手を繋ぐのがやっとで、それだけでもう胸がいっぱいだったあの頃。


なんの感慨もないキス


彼を支配しているのは自分のはずなのになんの優越感も沸いてはこない。



「これで満足?次は靴の裏でも舐めさせるのか?」



皮肉げに口端を上げる忍の視線はカンナの心を深くえぐった。



自分に微笑みかけた彼はもういない。









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