「「「カンパーイ!!!」」」




グラスを重ねる音が騒ぎ声に混じって響き渡る。

どういう訳かで入ってしまったテニスサークル。

いわゆるテニサーは飲みサーでもあり、部屋のそこかしこでビールの一気飲みが横行している。

中には既にデキ上がって裸踊りをしている奴も。

ああ、女子達が引いてる。


勿論俺はそういう雰囲気が苦手で、端のテーブルでちまちまビールを舐めていた。



「君沢、だっけ?」



そんな空気を読めない俺に話しかけてくる強者が。



「お前は平井、だろ」

「あ、知ってるんだ」

「そりゃ、まあ」



平井新は同じ1年だが、俺と違って社交性があり、顔もいいもんだから同期先輩問わず人気者だ。

いつも賑やかな席にいるのに今日は珍しい。



「いや、君沢と話したことないから話してみたくて。お前あんまり酒飲まないのな」

「前の恋人に飲むなって言われたからなんとなく今も飲んでないだけ。別に飲めるよ」



思わず突っぱねるような言い方になってしまったのは、俺の悪い癖だ。

俺は世に言う「可愛くない奴」なのかもしれない。
これも前の恋人に言われたのだけれど。

ちなみに前の恋人は男だ。勿論俺も男。

男子高だったせいの悪習もあるが、俺はいわゆるホモセクシャルなのだろう。
今まで好きになったのは皆男だった。

そんな俺が男女が出会いを求めるテニサーに入ってしまうなんて完全に道を間違えたと思うが、今更辞めるとも言えないのが俺らしい。



「無理して飲まなくてもいいじゃん。ほら、食えよ」



と言って平井にソースのかかった揚げ物と添えられたキャベツを皿に盛られる。

こういう気配りは俺には真似出来ないので尊敬する反面、なんとなくカンにも障る。



「俺、野菜が好きだから」



と言って揚げ物の方を平井の皿に乗せれば、平井は微妙な顔をしてそれを箸で突っついていた。

彼がソース嫌いだと知るのはまた後の話。



「はーいみんな注目!!王様ゲームやろうぜ!これクジ引いてー」



なんて合コンかよというノリでゲームが始まる。

渋々クジを引くと番号は3番。



「じゃあ3番と7番がキスな!」


げ。

俺じゃないか。


シラを切り通そうとしたとき、近くに座っていた奴が余計なことを言う。



「あ、君沢3番じゃん!7番誰だよー?」


「………俺」



なんと前にいた平井が気まずそうにクジを見せた。



「なんだよ男同士かよ」

「いいじゃん君沢くん美人だし!」

「とりあえずやれよ!」

「キース!キース!!」



これはもうやるしかないという雰囲気。

だから嫌なんだ、飲み会なんて。

いくら俺がゲイだからってキスを見世物にする気はない。

平井はどうせノンケだろうし。


渋っていたら平井の方が潔く立ち上がってしまった。



「仕方ねぇな」

「え」

「キース!キース!!」



コールと共に、平井か俺に近づき、両手で頬を押さえると、唇を寄せてきた。



「キャーッ!!」



女子から嫌悪とはまた別の悲鳴があがり、場が最高潮に盛り上がる。

平井は唇を離すと、悪戯な笑みを浮かべて舌を出した。



「終わり。さー早く次の王様決めろよ」



平井が促すと、皆がまた次のクジを引き始める。

それを遠目から見守る俺に、平井がこっそり耳打ちした。



「君沢、抜けない?」



腕を引かれるがまま、居酒屋の外に。

何故かそのままラーメン屋に連れて行かれた。



「やっぱ、締めはラーメンだよな」

「……いいのか、戻らなくて。皆探してるかも」



なんで俺は平井と一緒にラーメン食べてるんだろう、と自問しながら麺を啜る。

美味いからいいけど。



「あー。誰も探しやしないって。ああいう雰囲気、俺苦手なんだよな」

「え、平井も苦手なの?得意そうなのに」

「苦手だよ。君沢とこうやってラーメン食べてる方がよっぽど楽しい」



そう言って豪快にラーメンを啜る平井の言葉がなんか嬉しくて、さっき頭に浮かんだ疑問を投げかけた。



「なんで、キスしなかったの?」



そう。王様の絶対的な命令は執行されなかった。

平井は右手で上手い具合に皆の視界から唇を隠し、二人の唇の間にもう片方の手の親指を挟んだのだ。



「君沢嫌がってただろ?俺も好きな奴以外とはしたくないし」

「…ふーん」



その答えになんとなく高ぶった気持ちが沈んでしまい、素っ気なく返事を返す。

残ったラーメンに視線を戻すと、肩をトントンと叩かれた。



「君沢」

「ん?」



ちゅ。



振り向き様に響くリップ音。

柔らかい唇の感触はすぐに離れる。



「なにすんだ」



思わず目を見開いて平井の顔をまじまじと見つめてしまう。



「キスだけど」



平井も視線を反らさず、二人静かに見つめ合った。

誰もこちらを見てはいないが、周りが喧しい中、二人だけが取り残されたようだ。



「好きな奴以外とはしないんじゃなかったのか」

「うん。俺、君沢好きだし」

「は?」

「ごちそーさん。おじちゃんお勘定!」



何事もなかったように席を立つ平井。



「ま、待てよ!」



慌てて俺も後を追う。

だって、俺にはもう、ラーメン食べ続けることは出来そうになかった。




(あっさり塩味…)




平井との初めてのキス。





多分、俺も平井が嫌いじゃなかった。







キスから始まる物語


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