※ゾンビ松もどき
※白ラン一松、黒ラン十四松
※性癖詰め込み松



 何がどうしてこうなったとか何故そうなったとか原因はなんだとか政府は何してるとか軍は何のためにいるとか病院は何のために建っているとかそんなことはどうでもいい。どうでもいいというか、そんなことを気にしている暇もない。僕たちの日常となってしまった非日常はちゃんとした日常を回している時よりもずっと忙しく目まぐるしいものになっていた。何てったって自分のご飯ですら見つからない時代なのに家族の分まで確保しなくちゃいけないのだ。世界がこんな風になってはや三年って感じだけれど、三年も経てば溢れるほどあったスーパーやコンビニの食料だって底をつく。つかなくても賞味期限とかあるし。まあ賞味期限とか気にしてる余裕ないけど。そもそもそういう人が集まるところは世界がこうなって半年以内にほぼ全壊した。人が集まるところにあいつらアリって感じでぶっ壊れた。僕たちとしてはあいつらをゲットできる上に自分たちの食料までゲットできるんだからスーパーやコンビニは楽園だった。もっとも何度も言うがもう三年も経っている。ギャーギャー喧しく騒いでいた人間たちはガーガー唸りながら人を食っていたあいつらの仲間になるか死んだ。死因は多分、自殺が一番多かったんだと思う。世界を悲観しての自殺。ゲームの主人公か何かにでもなったつもりか? 残念ながらこれはノンフィクションの現実世界なので残機はナシ、死んだらそこで終わりだ。僕だって多分一人きりだったら自殺か発狂かしてたんだろうけれど、生憎僕には育ててくれた親がいるし同じ顔をした兄弟がいる。死のうにも死ねない。今僕が死んだら一人を除いてなし崩し的に松野家崩壊だし。今の現状が崩壊していないかどうかはともかく。実に二ヶ月半ぶりに見た人間の頭から斧を引き抜きながら物思いに耽る。
 斧はいい。僕みたいに力がない人間でも斧自体の重さでどうにかなってしまう。遠心力使って振り回せばなんとかなるし。だから僕は好き好んで斧を使いまくった。刃こぼれしたらホームセンターだったものから斧をゲットして無限ループ。もっとも最近は生きてる人間なんて滅多に見ることができないので刃こぼれも少ない。いいことなのかな、悪いことなのかな。多分悪いこと。だって食料ないとか人間死んじゃうじゃん。みんなも僕たちと同じように人間が食べられるものを食べられたらまだマシ……だったのかな、昨日の乾パン以来何も食ってない腹がぐうと鳴った。動いたら腹が減る。でもみんなを生かすためには動かなきゃ。

「一松にいさーん!」

 声がしたから振り向くと、僕が死んでもなし崩し的に死なない唯一の家族、十四松が遠くからブンブンと手を振っていた。斧を持っていない方の手で振り返す。十四松は右手に釘バット、左手に人間らしきものの足を持って引きずっていた。おお、二人もゲットできるとは。何日もつかは考えたくない。今が夏じゃなくて心底よかった。
 動く気のない僕の目の前まで十四松は歩いてくると、よっこいしょと声を出して左手にあった足を放った。当然身体全部が僕と十四松の間に横たわらされたわけで、僕はそこでようやくこの人間がありえないほどガリガリで、ありえないほど小さいことを知った。まだ小学校低学年くらいの女の子。思わず口笛を吹く。よく生きてたもんだ。もう死んでるけど。でも特に目立った外傷がないあたり、十四松が殺したわけではないらしい。勝手に死んだのを十四松がたまたま見つけたんだろう。ラッキー。

「今日は大量だね」
「うん、よかった」

 あいつらの食料は人間だ。そして噛まれた人間もそのうちあいつらになってしまう。その一部始終を全て見ていた僕たちは、それを痛いほど理解していた。今じゃきっと、地球の人口はあいつらのほうが多いんだろうなと思う。生きてる人間、どれくらいいるんだろう。ラジオも何もないから分からない。とにかく僕たちは今を生きることで精一杯だった。多分時代が違ったら青春くさい台詞だった。
 夕日に照らされる僕と十四松は対照的な色をしている。僕は白ラン、十四松は黒ラン。世界がこうなる前、普通に生活してた時の制服だった。もう合法で喫煙も飲酒もできる年になってしまったけれど、世界がこうなってから三年も経てば高校は無理やり卒業させられてしまう。卒業証書は勿論もらえなかった。だから僕たちは高校を留年、今でも自分たちの制服を着てるってわけだ。決してコスプレではない。決して。
 十四松が僕がしとめた人間を見て「軍の人?」と訊ねてきた。チラリと斧で削られた頭を晒す人間だったものに視線を送る。確かにこの人は自衛隊っぽい格好をしていた。助けに来たと言われた。だから僕は安心しきって駆け寄る振りをしてこの善人っぽい人をぶっ殺した。本当に助けに来たにしろ、実は悪人だったにしろ、この人にはご飯になってもらうしかなかった。だって僕たちの家族、二ヶ月半近く断食させられてたんだぜ? 家族と他人だったら家族をとるよね、当然。
 だから僕は「知らない」とだけ言って十四松がゲットしてきた女の子とこの自衛隊の人をとっかえっこした。もともと僕は非力で、十四松は怪力だった。だからこんなことになっても、栄養失調気味でも十四松の方が力があった。十四松は重いものを持たされても嫌な顔せず、むしろ顔をきらめかせて「これでみんな喜ぶね!」と笑った。それにつられて僕も笑う。世界がこんな風になっても、発狂するやつが出ないのが松野家らしいなと思った。


 最初に発症したのは父さん、次に母さん。そんでなし崩し的にみんなあいつらになっちゃった。僕と十四松だけが無事だった。だから僕たちはみんながどっかいかないように縄でぐるぐる巻きにして別々の部屋に放り込んだ。同じ部屋にいさせると共食いを始めてしまうのだ。別々の部屋にさせて、それでご飯を確保できたら声をかけながら渡してあげる。そうすると嬉しそうな声を上げてくれるものだから、やっぱり家族は家族で、あいつらとは全然違うんだなって思う。
 今だってそう、トド松は僕が渡した人間の脚を嬉しそうに頬張り、僕に笑いかけてくれる。隣の部屋にいるチョロ松兄さんにご飯をあげにいった十四松も楽しそうな声を上げている。
 発症した直後、つまりまだあいつらになりきってないみんなは僕たちのする行動に目を見張り、やめろと口々に叫んだ。僕たちはそれに耳を貸さず、みんなを縛り別々の部屋に置き去りにし、各々の制服を着て、各々の武器を持って人を殺しに行った。まだ混乱が始まってすぐだったから人を殺すのは簡単だった。感染せずに死んでる人間もたくさんいた。それをありったけかき集めて、みんながいつ発症してもいいように僕たちは準備を始めた。母さんは泣いていた。父さんは怒鳴っていた。おそ松兄さんは無言。カラ松兄さんは怒号。チョロ松兄さんはキレてた。トド松は号泣。でも僕たちはやめなかった。人を殺すのも死体を集めるのもやめなかった。

 みんなを頼むな、一松、十四松。

 完全に発症する直前の、おそ松兄さんの最後の言葉だ。みんなが口々に逃げろやめろと言う中、おそ松兄さんだけは僕たちのことを褒めて、認めて、頼ってくれた。みんなを頼むぞって。だから僕たちはみんなが発症した後も人を殺して死体を集めてご飯を確保し、みんなを守り続けている。みんなを置いてどこか安全なところに行こうという思考回路は僕にも十四松にもなかった。そもそも世界がこんな風になってしまった今、安全なところなんてあるわけがない。映画じゃないんだから。
「ご飯あんまなくてごめんな」
 トド松の頭を撫でれば、しょうがないとでも言うように声をかけられた。しょうがない、しょうがないのかな。実際、そうなんだろうけど。
 そのあと一言二言トド松に話しかけて部屋を出ると、丁度チョロ松兄さんの部屋から出てきた十四松と鉢合わせした。十四松は黒ランだからまだわかりにくいが、白ランなんて着てる僕は血が乾いた汚い色が目立ちに目立ってなんだか恥ずかしくなった。今回実際に武器を使ったのは僕だけだし。
 鉢合わせた僕たちは少しだけお互いを見つめ合って、それから静かにキスをした。数秒そのまま唇だけを合わせてから、ゆっくり口を離す。へへ、と十四松が笑うから、ひひ、と僕も笑った。

「花嫁さんみたい、一松にーさん」

 そんなおべっかを十四松が使うものだから、僕はますます真っ赤になって顔をそらした。視線の先で、首だけを残した女の子と目が合った。濁った瞳の中に、ところどころを染め上げた白ランを着る男が映っている。
「じゃあ十四松はお婿さんだね」
 十四松がポッと頬を染めるものだから、僕たちはお互い顔を突き合わせたまま、しばらく相手の手をシッカリと握りながら無言で突っ立っていた。


 世界が終わる中、どこかの部屋から祝福するような声が上がった。
 
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