忘れていた。「自傷行為」はとても痛いことなのだということを。

「いってえ!」

 恥も外聞もなく叫んだ。いや大声を出したら不審に思われるということで実際は喉の奥でその悲鳴を殺したのだが、痛すぎる。激痛という言葉がこれほど相応しい場面などこの20年間そうなかったはずだ。なんだこの痛みは。お湯ではなく硫酸をかけられたのかと錯覚しそうになった。
 弾かれたように挙げた手を見れば、これぞまさしくリストカット! とでも言いたげなほどに真っ赤である。血がだらだらである。まさしくリストをカットした感じになっている。笑えねえ。世のメンヘラがシャワーを浴びながら自殺しようとする理由がよくわかった。出来立ての切り傷が水に触れるというだけで、血小板は自らの仕事を放棄しリストラへと突入する。おかげで出血大サービスとばかりの流血沙汰だ。というか普通に傷口に水が当たることが生き地獄すぎて泣いた。なんだこれ超いてえ。今までやってきたどの自傷行為より痛い。笑えない。まじで表情筋が引きつってる。

「っつー……あー」

 殺し損ねた呻き声が歯の間から零れ落ちる。うひい、超いってえ。世のメンヘラはみんなこんなことしてんのかよ、尊敬するわ。生傷を水に浸けるなんて痛覚死んでる奴にしかできねーよ。自分もそうとう痛覚がいかれていると思っていたが、そんなことはもちろんなかったらしい。普通に激痛だった。普通に激しく痛かった。血も止まってくれないしどないせーっちゅーねん。
 出血と激痛のせいでふらつく身体を座らせる。ぐ、まじでいてえ。語彙力がマイナス10歳するレベルでいてえ。まさか生傷を水に触れさせることがここまで痛みを伴うことだとは思っていなかった。というかここまで血が止まらなくなることも知らなかった。

 はは、と乾いた笑いが血と一緒に零れ落ちる。

 今度家でやるときは、風呂場で自傷しよう。
 そしたら、もしかしたら、俺は普通になれるのかもしれないのだから。



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