同性愛者の遺伝子は欠陥している。欠陥している遺伝子は後世に残してはいけない。だから はきっと子供を産まずに人生が終わるのだろう。ぶくぶく、ぶくぶく。水に沈むように の思考は沈んでいく。息はできるのに周りが透明だ。ガラスに溶かされて海底に沈められているかのように音がしない。そこでああこれは夢だなと思った。綺麗な夢だなと思った。同時に胃の中にゴキブリや蛆虫が湧いたかのように吐き気がした。手を伸ばしてみるとすぐに透明な壁にぶち当たり爪が割れた。だらだらと血が零れるくせに、肌を滴って床(という定義があるのかすら怪しい)に落ちる前に溶けて空気に消える。あ。声にしたはずのそれは音としてこの世界には生まれなかった。代わりに空気の玉となってぷかぷかと浮き、すぐに弾けてなくなる。血こそ止まらないものの夢だから痛覚はない。がりがりと爪とそれに付着する肉を剥ぐように透明な壁を削っていると、ふと壁の向こう側に見慣れた背中を見つけた。そこでまた、ああこれは最悪な夢だなと思った。見慣れた背中の隣には見たことのない、だけど後姿だけでも男だと分かる人間がいた。仲がよさそうにあの子の肩に腕を回し、楽しそうに笑っている。幸せで仲のいい恋人。そんな名詞がぴったりだった。がりがりがりがり。指は止まらない。ずっと壁を削っているはずなのに、壊れるのは壁ではなく指だった。夢だとしても不快で不快で胃酸が気道を焼いていた。まるでこれからのことを暗示しているみたいで眼球が沸騰しているかのように痛んだ。幸せそうだね、幸せそうだね。よかったよ、夢とはいえ君が幸せそうで。幸せそうで。幸せになってね(不幸になってしまえ)。末永くね(すぐ別れてしまえばいいのに)。ずっと、ずっと、離れないように(早く、その男に失望して)。ずきずきと子宮が痛い。生理でもないのに鉛でも詰め込んだようだ。ぐらりと揺らぐ視界で、あの子が幸せそうにしていた。笑っていた。 はその隣にいない。ぼたぼた。血は止まらない。このまま止まらなければいいと思った。全て流れてしまえばいいと思った。全部、この欠陥した遺伝子全部死んでしまえばいいと思った。




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