するっと滑らせた刃はあっさり肌を真っ二つに引き裂いていく。綺麗に傷口を作ったせいかえらく緩慢に滲み出す血に痺れを切らして大きく振りかぶりもう一度肌を裂く。
振り下ろした肌はあっさり肌を破り肉を潰して血管にたどり着いた。破損した血管から溢れて肌を更に汚す。少し上にある猫に引っ掻かれたような陳家な切り口が、なんだかすごい馬鹿らしく思えて自嘲する。
 汚くなったカッターを放り投げれば重力に従って乾いた音を立てて床に落ちる。蛆虫が這い上がってくるかのように侵食してくる痛みに苦笑とも嘲笑ともとれない笑みが溢れた。
切った直後に見えた白い脂肪を隠すかのように零れる血に指を這わせれば少し粘着質なそれは何の抵抗もなく爪を汚した。
 死にたいわけではない。死にたいわけじゃないんだ。だいたい死にたくて自傷をしている奴なんていない。辛くて辛くて、死にたくて死にたくて、だけど死ぬ勇気もなくて、まだ未練がましくずるずると生きちゃって、そんな自分を殺したくてでも殺せない奴がするもんだ。
本当に死にたいなら電車に飛び込むなり首を吊るなり、切るにしたって首を切ればはいおしまいなのだ。肌をこんなに痛めつけてケロイドを作る必要なんてない。
 それでも一種の麻薬のようにこの行為は止められない。(止める気もないが。)
 さて今回は何が理由だったろう。成績だったか、親とのくだらない些細な喧嘩だったかもしれないし、友達を怒らせたかもしれないという疑心暗鬼かもしれないし、もしくは全く違う、もっと取るに足らない記憶にすら残らないものだったのかもしれない。きっかけなんてどこにでも転がっていて、今回たまたまそれが化学反応をおこしただけだ。ただ、それだけ。
 未だに血を出し続ける傷口を見ていたら、意味もないのに涙が溢れてきた。「う、わ」慌てて血にまみれた手で拭ってもあとからあとから零れてくるそれはとうとう手と手の合間を縫って傷まみれの太ももに落ちた。
切ったばかりのまだ塞がる兆しなんて全くない傷口に涙が滲んで、でもそれを痛いとは感じられなかった。肌に張り付く生ぬるい水の感覚だけが気持ち悪かった。
 泣きたいわけじゃないのに、泣きたいわけじゃないのに。泣いてどうなる。泣いてどうかなっていたら自傷なんてやっていない。泣いてどうにかなるなら、もっとまともでいられただろうに。でもこの世界は全くもって優しくない。すこし感覚がずれていればそのまま弾き出されて普通の感覚を忘れさせるようにできている。はじき出された奴はどうすればいいんだろう。呼吸の仕方だってびくびくしながらしている奴に、どうやって生きろというんだろう。
 とうとう耐え切れなくなって腰を追って顔を埋める。埋めた先は真っ赤に染まった太ももだ。鉄臭い生臭い臭いが鼻腔を刺激する。吐きそうだ。いっそ吐いてしまったら楽なんだろうか。だが案外人間の身体は吐きにくいように構造されている。当たり前だ、身体は少しでも子孫を残しやすいように改良されてるんだから。ああ、ああ、自分の遺伝子を受け継いだ存在なんて吐き気がする! 自分から産まれた人間がまともではずがないというに!
 吐瀉物とは違うものが喉からこみ上げてきて気管を塞ぐ。入ってこなくなった酸素に焦って喉に爪を突き立てても全く効果は得られない。床に転がっているカッターを手にとって振りかぶる。ああ、もう誰でもいいから、誰でもいいから助けてくださいもう辛いよ怖いよ一人は淋しい寂しいさびしいサビシイ錆強いさ美四位ささああああああああああああああああああああああああああああああああ。
 ぐちゃり、と。
突き立てた刃が硬いものに当たる。頭の片隅でああ骨に当たったんだなと思った。いたい。痛い。痛い。異体。遺体。居たい。生たい。











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